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2011-07-09 16:58 | カテゴリ:乳癌
今日、帰ってきました。
やけにドタバタとした帰宅でした、
病院でも、うちへついてからも。
車が昼になるまで行けないとというので、
ベットでうとうとしながら待ってた。
それがお昼を30分も過ぎた。
そして待っている間に、お客さんから携帯に電話。
打ち合わせをしたくて行ったんだけど、
誰もいないんだけどさあ。
確かにそれはその通りだった。
父はディサービスで浅草のほうずき市へ行ってるらしいし。

「申し訳ありません、私はあと30分位で帰れるのですが」
「そうか、それなら飯でも食って待ってるよ」
「すみません、急いで帰りますので」
車がやっと到着。
看護婦さんに、忘れ物のチェックをしてもらう。
さあ、これで帰れる!
と思ったら、「あの、金庫の鍵がないんですけど」
「えっ、いや、私部屋を移ってから金庫使ってません」
「じゃあ、どこへ行ってしまったのかしら?」
新米らしい看護婦さん、ちょっと泣きそう
でも、お客さんを待たせてしまう私だって泣きたくなるよ。
金庫も鍵も今回は障った記憶がないのだけど、
下へ運んでしまったバックの中身をもう一度確認すべく、
エレベーターで下へ行って、荷物をひっ繰り返して、
でも、やっぱり見つからない。
仕方ないから、また上に戻る。
杖をついていても段々疲れてきた。

結局、金庫の中に入ったままだった。
何故かそれでも金庫はしまってしまうらしい。
変な金庫!人騒がせだよ。
やっと病院から放免され、車にのって店に向かう。
こういう時は、何故か混んでもいないのに中々つかない。
車の中からお詫びの電話をする。
「大丈夫だよ、気をつけて帰って来なさい」
知り合いで良かった~

何とか、事故らないよう、でも急いで店までついた。
中に入って貰って30分位で打ち合わせ終了。
はあ、やれやれ。

退院したばかりで本当は少し休みたかったけど、
今日は週末で私の他に留守番がいない。
昨日までは、昼間ゆっくり昼寝してたのに、
今日はそれもできない。
殺到ではないけど、電話がかかったり、人がきたり、
寝ボケ眼の顔で応対している。
今日、明日と終われば少しは楽になる。
でも、お中元もまだ手配してないしいなあ。

眠いのは薬のせいなのかな?
とにかく赤ん坊みたいに寝られる。
2,3日前に看護婦さんに、
「私、一日24時間のうち20時間寝てるかもね」
と言ったら、「確かに言えてる!」と言われてしまった。
寝られなくて朝までいるよりはいいか。
でも、昼間、今だって眠い。

明後日になれば事務の人が出勤するから、
そしたら夕方までのんびりしてよう。
眠ることに植えてるあたしです。
2011-06-30 13:12 | カテゴリ:乳癌
10日位前から、また入院してます。
今週末当たりにはそろそろ退院できると思うけど。
入院の前からあまり食欲がなくて
調子が悪かったの。
そしたら、栄養失調だか脱水症だかでした。
結局、そのまま入院になってしまった。

食べるだけでは栄養が足りないとかで、
一昨日までずっと大きな点滴してました。
最初の3,4日間はそのおおきいのを2つも。
終わったのが夜中の3時だったり。。。

でも、少しずつ食べられるようになってきて、
私の舌のすべりもだんだんなめらかになり、
これ以上置いておくとうるさい!
と思われるようになったのかもしれない。。。

今日は仕事の用事があり、朝検温とかしてから出ると間に合わないので、
昨日のうちにうちへ帰ってました。
今日は朝一で仕事の方を済ませ、
昼ご飯はまだ全部入らず、半分くらいやっと食べて、
会社へ帰って来たところ。
事務の人が買い物をいくつか済ませたいというので、
留守番中です。
退院の時の夏服も持って来られたし、よかったわ。
入院の時はまだちょっと寒かったの。

今日は返事は書けないと思うので、
コメント蘭閉じておきます。

とりあえず、暑いけど元気ですからご心配なく。
退院したら、また書きますね。

ではまた。
2011-06-03 19:56 | カテゴリ:乳癌
と言っても、私の場合はお休みではなくて、
今週は2日とも仕事です。

その前に雑用を片付けてしまおうと
足を引きずりながら、うちの中をあちこちうろうろ。
昨日やろうと思っていた、冬もののクリーニングの仕分け。
昨日は昼間も夜も眠くて目を開けていららず、
昼寝して、簡単な晩御飯を食べて、お風呂にも入らず寝ちゃった。
今日は午前中は予定が入っていて、お昼を済ませてから
やっと冬ものにとりかかる。
冬ものは結構重いから大変。
毛布もあるし、何とか袋にまとめて下に持って行って、
それからクリーニング屋さんに電話。
月曜日には仕上がるらしい。
何度か階段を上り降りしたら足のふくらはぎがぱんぱん。
疲れた、足がね。

足がさっさと動けば、家事も雑用も仕事も
どれほど手早く出来るだろうって思う。
足もちょっと段差でつまづいたり、よろけたり。
でもね、今回痛くならなかったら、
私はまた依然と同じ生活を続けていた。
痛みがあるから、どうにかならないかっていろいろ考えて、
副作用の少ない治療にも思い当たったわけだし、
だから、今回のは私に気づかせてくれたんだね。
そのことを肝に銘じて、無理はしないように
暮らして行こうと思う。

その後、少し休んでから出勤。
遠くはないけど、まだ会社まで歩けないから、
車で迎えに来てもらった。
今夜と明日の晩は実家に泊まる予定。
通勤が近くて楽だから。

そう言えば、一昨日の晩、お風呂に入ったあと、
久しぶりに体重計に乗ってみた。
入院中は毎週日曜日に計るんだけど、
最初の頃は歩いていけなくて、体重計を持ってきてもらって
やっと計っていた。
体重計が来ても、脚力がなくて体重計の上に一人で立っていられない。
看護婦さんに捕まって、「一瞬芸!」なんてバカをいいながら、
何とか計ってもらってた。
退院の前になったら、体重計のところまで
一人で歩いていけるようになった。
でも、一人で立つのは足が不安定。
10秒くらい我慢して、何とか数字を読んでもらった。
それが、今回は当然のように体重計の上に立っていられた。
びっくりしている私の頭、そんなの当然だよと足は言ってる、
そんな感じで、総合的にはかなり驚いた、
けど、とっても嬉しかった。
足は歩くと痛いし、全然治っていないと思ってたし、
でも、そうじゃなかった。
うちのなかを歩きまわっているうちに、
脚力はちゃんとついていたんだ。
また、ひと月くらい経ったら、もっとよくなっているかも。
それを楽しみに、家事とか雑用とか頑張ってやろう!

今日は午後から、びわの温熱療法をやってもらった。
今回が二度目。
1度目は正直言って、何の反応も感じられなかった。
やっている間、暖かくって気持ちが良かった、それだけ。
二度目はどうしようか迷った。
でも、漢方薬もそうだけど、
こういう治療で急によくなるものって多分ない。
少しずつ少しずつ身体の調子を整えて行くというのか、
効き目はすぐには現れないのは、考えてみれば当然のこと。
とりあえず、何回か治療を受けてみよう。
で、今日が二回目。

前回はあまり先生とも話さなかったけど、
今回は終わってから、冷え性や肩こりがひどいことも話した。
肩こりは、誰が障ってもこれはひどいと言われるんだけど、
今回も同じようなことを言われた。
母は10代から肩こりだったらしいから、
私は多分遺伝なんだと思う。
それに今はパソコンとか、原因になることいろいろやってるし。
なるべくこまめに肩の体操をしよう。
今日は、終わってから二階へ行ったんだけど、
階段を上るのがかなり楽だった。
二三回、上り降りしてたら元に戻っちゃったけど。
でも、少しだけ効果がわかった。
あとは焦らず、根気良く続けて行こうっと。

そして、今は仕事中です。
終わったら、さっさと帰るつもり。
そろそろ眠くなってきたし。
今日は実家泊まりだから、シャワー浴びて寝ます。
毎日こんなに眠いのは、痛みどめの薬のせいかなあ。。。
2011-05-29 11:47 | カテゴリ:乳癌
先週の水曜日は、退院後初めての通院日でした。
マーカーが上がってたら嫌だな、
二、三日前から、通院のことを考えてはドキドキ。
足は以前より長く歩けるようになったけど、
だるさ、痛み、しびれ、そういう不快感は
ずっと続いているし、多分良くなってはいないだろうな。。。

当日は、雨の合間の晴れの日だった。
雨だと余計に歩きにくいから良かった。
私の通っている病院はやたら広い。
個人病院みたいに小さければ楽なんだけど、
受付から採血、乳腺と回るだけでも疲れる。
そこで後は呼ばれるのを待つだけだけど。
今回は、転ぶのが不安で会社の人に付き添いで来てもらった。
水曜日によく会う人に、「弟さん?」と間違えられて、
いえ、あんな老けた弟はいません!
でも、せっかく来てくれたんだから、
そんな風に行っては悪いね。
手で支えるとか、具体的にしてもらわなくても、
いてくれるだけで安心できる。
実の弟も他の身内も当てに出来ないから、
一番身近にいる会社の人を頼りにしてしまう。
気楽に頼みごとができるってありがたい。

二時間位待ってやっと中待ちに呼ばれた。
そこからしばらく経ってやっと診察室へ。
「どうですか?」
と聞かれても、
「あまり変わりはないです」
としか言えない。
「前よりは長く歩けるようになりました」
あとは何を話したかな。
私が一番怖かったのは、
「今のホルモン療法は効かないようだから、
抗がん剤にしましょう」という言葉。
そう言われても、今回はすぐには承諾しないようにしようと決めていた。
何といっても副作用が嫌。
今出てるしびれは、前のドセをやって出てずっと続いているものだし、
他の人の話を聞いていると、吐き気とか嘔吐とか
いろいろ出ている。
私も同じ副作用が出るとは限らないけど、
でも、やっぱり気持ち悪い思いをするのは嫌だ。
一人暮らしだと余計に不安になる。

それに、副作用を我慢しても、100%治るとは言われない。
何割化の人が腫瘍が縮小しました。
それ以外の人は、副作用だけ出て何の効果もない。
それもちょっとねえ。
入院中に、病棟の私の担当の先生に漢方薬のことを聞いてみたら、
恐ろしく拒否反応を示された。
「抗がん剤をやる前ならともかく、抗がん剤をやった人は
たまに変な副作用が出ることがあるのよ。」
私は西洋医学と東洋医学をうまく使って
治らないまでも現状維持ができないかなって思ったんだけど。
かと言って、漢方薬だけにする勇気もない私。
その話はそれで終わってしまった。

横道にそれたけど、薬は結局今までのホルモン療法のまま変わらず。
よかった。
あとで見たら、マーカーは少し上がっていたけど、
私の体調は足以外はそんなに悪くないし、よかった。
その後、またしばらく待ってゾメタの点滴をして帰った。

正直なところ、私一人なら、父が健在でなければ、
治療もやめて痛みだけ取ってもらって楽になりたいと思うこともある。
10年近い治療は、やはりかなり体にこたえtいる。
でも、私が倒れて、弟や義妹に引き取られたら、
父にはかなり悲惨な生活が待っていると思う。
弟たちは父を引き取ると前から言っているけど、
父は弟の家には行きたがらない。
やはり自由にできる自宅が一番いいんだろうし、
ここなら、近所の人や知り合いがのぞいてくれるし、
会社の人もいてくれる。
弟の家に行ったら、そんな自由はないし、
外へ行けばそこは見知らぬ世界だからね。

だから、父の体がある程度弱くなって私が面倒見られなくなるまで、
私はこの仕事をやめられないし、倒れるわけにもいかない。
別に親孝行でもなんでもなくて、親を捨てられないだけ。
不器用な生き方しかできなかった人だけど、
親として一生懸命育ててくれたことは
今になると余計にわかってきたから。
それに、私も仕事がしたい。
前よりは時間を減らすつもりだけど、
職場にも週に2,3度は顔を出したい。

病気を治すというのではなく、体の調子を整える、
みたいな目的で鍼灸とか蒟蒻で体を温めるとか
少しずつ始めてみた。
それから、眠いからだけど、睡眠時間はまえよりずっと長い。
早い時は8時頃に寝てしまう。
朝も以前に比べればかなり早起きだし。
鍼灸は、友達がたまに行っているところがあるというので
紹介してもらおうと思ったら、
思わぬ落とし穴が。。。
今の私の脚力では二階まで上がるのがやっとなのに、
そこのビルはエレベーターなしで、治療室は三階だという。
友達のダンナがおぶってあげようかと言ってくれたけど、
友達のダンナではそこまで頼めない。
足が良くなるまで待つことにしよう。
それにしても、3月に足が痛くなってから、
普通に歩けることのありがたさをしみじみ感じている。
走れなくてもいいから、普通に杖なしで歩けたらどんなにいいだろう。
自分が病気にならないとわからないなんて、情けないなあ。

良さそうなことはいろいろ試してみて、
少しでも体調がよくなるようにしたい。
体を労わることを遅すぎるけど、やっと考えはじめた。
がんと仲良く?付き合って行ければいいな。
だから、これ以上いじめないでね。
お願いだよ。

追伸  病院の中をあちこち歩き回ったせいか、二日後左足に筋肉痛が出た。
トシだねえ。。。

毎度のことながら、長々としつれいしました。
2011-05-13 12:16 | カテゴリ:日々のこと
昨日は久しぶりに習い事のお稽古場に行った。
足が痛いから、まだ稽古は出来ないと思ったけど、
とりあえず、ここまで元気になりましたと
お礼方々、見せたかったので。

お稽古そっちのけで、しばらくおしゃべり。
これは私がいてもいなくても同じ光景。
地震の時のことやら、少し前に遡ってあれこれおしゃべり。
このお稽古場はマンションの一室にあるんだけど、
かなり揺れたらしい。
食器棚の食器がほとんど割れてしまい、
テレビが部屋の真ん中まで移動してたと。
最初見た時は愕然としたと、お師匠さんが言ってた。
あれは確かにそうだわ。
私も、最初しばらく言葉が出なかったもん。
あり得ない光景だった。

話しているうちに、誰かがぽろっと口を滑らせた。
○○さんの49日が。。。
「えっ、○○さんの。。。何それ、どういうこと?」
○○さんは弟子の一人で、去年の後半からずっと
がんの治療をしている。

「49日って、まさか。。。」頭が真っ白になった。
「そうなのよ。実は、あなたが退院した頃に御主人から電話があったの」
お師匠さんもあまり詳しい話は聞いてなかったらしい。
肺から腸だったか、その逆だったか、とにかく転移して、
腸は手術したけど、癒着したり大変だったらしい。
肺はどうしたのかな。。。
病気が分かってから、とうとうここには一度も来なかった。

私より少し年上だった。
しゃべらなければ山の手の奥様って感じ。
でも、本当はすごく楽しくて面白い人だった。
ゴリラの物まねとか平気でやっちゃう。
私が笑いが止まらなくなってしまうと、
それが嬉しいのか、おまけにニホンザルのこういうポーズ
まで見せてくれたり。
とってもよく似てるの。
新派の芝居が好きだったみたいで、
水○八重子(初代)の真似もすごくうまかった。
それから歌舞伎の役者さんのものまね。

90を過ぎたお姑さんの話とか、
御主人の話とか、ユーモアたっぷりに話してくれる。
それから、息子さんの友達の話とか。
お稽古場はある意味、井戸端会議の場みたいだから。

いつも笑わせてばかりもらってた。
うちへ帰って夕飯を食べながら、いろんなことを思い出してた。
一度一緒に旅行に行った時も楽しかった。
何でこんなに早くいってしまったのか。
食べながら涙がこぼれてくる。
ティッシュで拭いながら、
あれこれ思いだして笑いながら、また泣いてしまう。
もう二度と会えないと思うととても悲しい。

それに、御両親はまだお元気だし、
御主人のお母さんも90歳を過ぎて、まだしっかりしている。
しばらくは家のことが大変だろうなあ。
食事の支度、おばあさんの世話、掃除、その他もろもろのこと。
何とかやっていくしかないんだろうけど。

一つ嬉しいのは、お嫁に行った娘さんに
来月赤ちゃんが生まれるそうだ。
「きっと、○○さんの生まれ変わりだね」
誰かがぽつりと言った。

せめて、今は辛さも苦しさもなくなっていると思いたい。
向こうでは物まねをやって皆を楽しませているのかな。
でも、でも、やっぱり早いよ。早すぎるよ。
私は、まだまだこっちで頑張るから。
だから、御家族や私たちのことを見守って下さいね。
いつか私もそっちへ行った時は、
また思いっきり笑わせて下さいね。
それまで、レパートリー増やしておいてね。

じゃあ、またね。
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