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2008-06-20 22:33 | カテゴリ:未分類
じゃなくてね、診察に行きました。
11月の後半の木曜日でした。
    mmmmmmm
K先生は、オールバックで体格がいい。
如何にも、大病院の先生って雰囲気。
かなり待たされて診察室に入ったものの、
どう話を切り出していいかわからず、
珍しく大人しくしていた。
K先生、前の病院で撮った私の背骨のMRIを見ながら、
ぶつぶつ言ってる。
「これ(MRI)は借り物だから、もう一度ここで取り直した方がいいよ。
借り賃払うの勿体無いでしょ。」
「はあ」と私。
それから、側にいた看護婦さんに、
「ばななさんの入院予約取って」って。
えっ、入院するの、私?
私の驚きは無視され、話はどんどん進む。
例の第九胸骨の黒い部分を指しながら、
「これは多分腫瘍でしょう、
切ってみないと良性かどうかわからないから、
生検査と同時に手術もします」
ええっー!
背骨を切られるの、私?
患者の驚く姿にはなれているのか、
「大丈夫ですよ」とか、特に慰めの言葉もない。
「あの、入院て、いつごろになるんでしょうか?」
カレンダーを見ながら、
「多分12月9日だと思うよ」
「そうですか、わかりました」
「では、MRIを撮って来て下さい」
と言って、診察室の奥の部屋に入ってしまった。
看護婦さんが、入院予約の手続きをする場所を教えてくれた。
       mmmmmmmmmmmmmm
MRIを撮って診察室に戻った。
写真を見ながら、「随分働きものなんだね」と先生。
「いえ、それほどでも」と私。
「ほら、前の写真と比べると、骨の形が少し変わってるでしょ」
いえいえ、これは仕事のし過ぎじゃなくて、
旅行で遊んで廻ったせいなんです、
滝つぼまで結構長い階段も下りちゃったし。
とは、さすがに言えない。
       mmmmmmmmmmm
そういえば、初めの頃はそれほど痛みを感じなかったが、
その頃には、痛くて背中を丸めてやっと歩くようになっていた。
横断歩道を渡り切るのも大変になっていた。
歩行者用信号が青に変わった瞬間に渡り始めて、
向こう側に着く頃には赤に変わる、
まるでカタツムリのようにしか、歩けなくなっていた。
      vvvvvvvvvvvvvvvvvvvv
あまり動いてはいけないらしい。
明日から仕事は会社に行かずにうちでやろう。
パソコンと電話があるから、何とかなるはずだ。
次の日から通勤をやめて、自宅で仕事を始めた。
      cccccccccccccccccc
病名はまだ分からない。
手術をして分かるのだろうか。
不安は不安だったが、
私の知る範囲で、骨の病気で死んだ人はいない。
背骨を切って、治るんならそれも仕方ない。
それよりも、手術ということはすぐには退院できないだろう。
問題は仕事だ。
小さい自営の店だが、電話取り、帳簿つけなどなど
母が亡くなってからは、殆ど私がやっている。
父には電話はともかく、帳簿は無理だ。
そういえば、食事の支度、洗濯、掃除もある。
どうしようか?
自分の体より、仕事や家事の方が気になった。
       ccccccccccccccc
その日は、入院予約をして帰った。
長い戦いの、やっと序章が始まったところだった。

つづくーーー
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