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2008-07-11 01:59 | カテゴリ:乳癌
せっせとご飯を食べたせいか、
傷は順調に回復して行ったようだ。
二週間後に抜糸をした。
糸を切ってくれた先生に聞いたところでは、
17針縫ったとか。
ふーん、骨は一つだけなのに、結構長い傷じゃん。
背中だから、自分では全く見えない。
それはある意味では良かったのかも。
私は、そういうのは見たくないから。
      ~~~~~~~~
話が前後しているが、
主治医のK先生からは、車椅子に乗っていいという許可がなかなか出ない。
二日早く手術を受けた同室の患者さん、Kさんにやっと許可が出た。
K先生は慎重派なのかも。
私としては、トイレの問題があるから
早く自力での移動手段を確保したいのだけど、
でも、餅は餅屋と言う言葉もある。
大人しく、許可が出るのを待っていた。
     ~~~~~~~
そして、手術から約3週間経ったころ、
やっと車椅子の許可が出た。
嬉しかった。
飛び上がるほど嬉しかった。
これでやっと一人でトイレに行ける!
(トイレ、トイレと、しつこくてすみません)
それから、背骨への放射線治療が始まった。
月曜から金曜まで、週五回の照射。
一回2,3分で終わってしまう。
痛くも痒くもない。
背中だから、やっぱり見えないから、
色素沈着とかあったのか、私は全くわからなかった。
その頃は、とにかく言われるままに治療を受けていたし、
何も知識がないから、何もわからなかった。
ただ、これで背骨の癌はやっつけられると信じていた。
      ~~~~~~~~~~
痛みはまだ続いていたから、
車椅子で連れて行ってもらう。
ベッドから降りるのも大変だった。
とにかくねえ、本当に痛いの。
看護婦さんだったか、助手さんだったか、
助けてもらって、やっとベッドから降りる。
そして、また助けてもらって車椅子に乗る。
リニアックの部屋に行くと、またベッドに寝るまでが大変。
終わってベッドから降りるのも、やっぱり一人では出来ない。
放射線治療そのものよりも、
その前後の方がはるかに大変だった。
仕方がないけど、人手を借りないと動けないのはやっぱり悲しい。
      ~~~~~~~~~
何度か乗るうちに、車椅子には慣れてきた。
私は、背中はとっても痛いけど、足は何ともない。
リニアックの部屋には連れて行ってもらったが、
トイレには一人で行くように練習した。
車椅子を真っ直ぐに運転?するのは結構難しいものだ。
どうしても、利き腕の右腕に力が入ってしまい、
右に曲がってしまう。
3日位経ったら、練習の甲斐があって、真っ直ぐに動けるようになった。
トイレにも、バックでうまく入れる技を習得した。
     ~~~~~~~~~
そして、慣れてきた私はある日閃いてしまった。
ずっと寝たきりだったから、足が萎えているに違いない。
足の運動をしなければ!
背もたれによりかかって、足を乗せるペダルは上げてしまう。
そして、病室からナースステーションまで、
長めの廊下を、足を使ってすごいスピードで走る!
その頃来てくれたお見舞いの人には、
この芸?を見せて、びっくりする顔を見て密かに楽しんでいた。
いや、こうやって走り回るのは本当に楽しかった。
そんな私の姿を見たk先生、
同じ病室の患者さんに、
「やどかりが逆さになって走り回ってる」
と言ったとか。
まあ、確かに、そう見えるでしょうね。
      ~~~~~~
また車椅子の生活をしたいとは思わないけど、
でも、あの走り回るのはもう一度、ちょっとやってみたいかも。。。
楽しかった思い出の一つです。
     ~~~~~~~
つづくーーー


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