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2008-06-27 19:08 | カテゴリ:乳癌
朝はやはり6時起床。
確か採血をされたと思う。
それから、顔を洗ったりしてるうちに朝ごはんが来て、
でも、私は今朝は勿論食べられない。
元々、というか、今の仕事になってから、
夜寝るのが遅くなって、朝早く起きるのも辛くなった。
それで、朝ご飯食べるより、1分でも長く寝てたいって思って、
朝ご飯は抜きの生活をずっとしていた。
入院したばかりだから、朝食ヌキはそれほど辛くない。
それより、もう少し寝かせて欲しい!
と、まだしつこく思っていた。
     *******
整形の先生方が今朝もご挨拶に来た。
「ばななさん、今日だね」
「はい、よろしくお願いします」
と、この頃はまだとっても神妙にしていたワタシ。
ここまできたら仕方が無い。
なるようになるさ、と思ったような記憶がある。
      ~~~~~~~
先生方が引き上げると、私は手術の準備に入った。
パジャマから手術着に着替えて、
部屋の真ん中に置いてあるストレッチャーに横になる。
父と弟がやって来た。
と言っても、待ってるだけですることはない。
せっかちな父は、コーヒーを飲みに行ってしまった。
有明に引っ越してからは
自分で歩いて(歩ける人はね)手術室に行くようになったらしいが、
大塚時代は、ストレッチャーに乗せられて行った。
待っている間はヒマだし、落ち着かない。
その内に、看護婦さんが皮下注射をしにきた。
麻酔を効き易くする為の注射だろうか。
私は、その後すぐに眠くなってきた。
いざ、手術室に出発という頃には、
眠くて目を開けているのがやっとだった。
      *******
背中を切られるだけで、死ぬか生きるかという大手術ではない。
父や弟と涙の別れなどはせずに(笑)
私は手術室に入った。
入るとすぐに、夕べ手術の際の麻酔の説明に来た麻酔の女の先生が
ベッドの側に来た。
「ばななさん、分かりますか?麻酔科の△△です」
私は眠いし、
先生の顔はほとんどの部分が、眼鏡とマスクで覆われている。
きょとんとした顔をしていると、マスクを少しずらしてくれた。
それでやっと夕べの先生だと思い出した。
うなづくと、それで確認終了らしい。
私はストレッチャーから手術台に移された。
「では、始めます」
しつこいが、とにかく眠くてやっと目を開けてる私には、
どの先生の顔もマスクで覆われていて、誰が誰やらわからない。
そして、私も鼻と口を麻酔のマスク?で蓋をされた。
その瞬間、私の意識は消えた。
     ~~~~~~~
手術は4時間以上掛かったらしい。
他の患者さんが終わってどんどん出て来るのに、
お前はいつまで経っても出て来なかったと
後で父に言われた。
いや、そんなこと言われてもさ、困るんだけど。
別に私が好きで中に居座っていたわけじゃないからさあ。
しょうがないじゃんねえ、私、何も出来ないだもん。
第一、意識がないんだし。
無茶苦茶言う親ですわ。
      **********
目を覚ました私のベッドの側に弟がいた。
まだ、意識は朦朧としていた。
手術室にいるのだと勘違いして、
「部屋に戻りたい」
と言うと、
「もう戻ってるよ」
と言われた。
私は安心したのか、また眠りに落ちた。
     ~~~~~~~~~
次に目が覚めたのは夜だったろうか。
腕には点滴の管が、それから尿の管も入っていて、
昨日まで、いや、今朝まで元気だった私は、
今や完璧に病人になっていた。
     *********
時々、看護婦さんや若い先生が様子を見に来てくれる。
前日主治医から、悪性だったら出血が多いから輸血をします、
と言われたのを覚えていた。
何気なく弟に、
「輸血したの?」
と聞くと、
「うん、したよ」
という返事。
そうか、癌だったんだ。
胃がんで亡くなった母のことを思い出す。
でも、私は骨だし、あれこれ考えてもしょうがない。
と思いつつ、やはり少しは考えてしまう。
父と弟は、8時の面会時間ぎりぎりまでいて、帰って行った。
私は、何だか心身ともにへとへとで、
別に42,195キロ走ったわけでもないのにね、
疲れていた。
その内に眠ってしまったようだ。
     *******
手術一日目の夜は、こうして更けて行った。
     ~~~~~~~
つづく・・・
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