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2011-02-26 22:49 | カテゴリ:お楽しみ
何とか連休をひねり出して、今週の水、木と箱根に行って来ました。
新宿からロマンスカーで、箱根湯本で登山鉄道に乗り換えて、
目的地の駅まで。
私は実は箱根は初めて。
何度か誘われたりしたのだけど、
なかなか都合がつかなかった。
ロマンスカーが全席指定というのも、
3日位前に知って、あわてて予約をしたり、
乗るまでに私ならではのすったもんだがあり、
余裕を持って1時間以上前に駅には着いていたのに、
自分の席に座れたのは、何と3分前。
あり得ない旅の始まりだった。

前の晩は仕事で遅くて、それから荷物をまとめたりしてたら
寝るのが遅くなって、それなのに早く目が覚めちゃった。
電車が走り出したら、何となく眠くなってきて、
途中からは爆睡していたようだ。
途中の駅は全部寝ていて、目が覚めた時は
目的地まであと10分位のところ。
2、3分待って頭をはっきりさせてから、
降りる支度をする。
湯本の駅に着くと、隣のホームに登山鉄道が止まっている。
慌ててそちらに乗り換える。

実は、旅館を予約したのはひと月位前だった。
足はまだ痛かったが、もう治っているだろうと思っていた。
ところが甘かった。
荷物はガラガラに詰めて持って行くとして、
次の日は多少観光もしたい。
ガラガラは半分杖代わりだけど、
これを持って観光はできないだろう。
それどころか、旅館の中を歩くのも不安。
たまに足首に力が入らなくなるの。
転ばないよう、ゆっくり歩いているけど、
杖があると便利かも。
今まで見栄があってためらっていたけど、
転ぶよりはマシだ。
杖を買った。確かに旅行中とても役にたった。

登山鉄道は初めて乗ったのだが、
途中、スイッチバックとかいう装置?の為に
3,4回、駅でないところで止まって、
運転手さんが降りてなんだかして、また動き始める。
一度は一部逆に走ったような気がしたのだけど、
私の錯覚だったのだろうか。。。

駅に着いたら、ホームは学生で一杯。
通学用に使われているみたい。
あれは修学旅行という感じではなかった。
宿に電話をして、車で迎えに来てもらうよう頼む。
近いらしいが、急な坂道を通るらしい。
熱海でもあれだけ転んで怖かったから、
一人で坂道を歩く勇気はなかった。
宿の人はすぐに迎えに来てくれた。
確かにかなり急な坂道を下る。
これは車に乗せてもらってよかった。

続く。。。
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2011-02-16 17:23 | カテゴリ:乳癌
wakkoさんの記事を読んで思いだした。
私の手術記念日?は1月30日だった。
これは乳がんの方です。
平成15年だったから、8年前のことだと思う。

その二カ月前に背骨の手術を受けて、
それが術後しばらくあまりにも痛かったから、
乳がんの方の手術は記憶がイマイチ薄くなるの。
術後、腕が上がらなくなって、
お風呂であったまった時、必死でリハビリしたのは覚えてる。

背骨は本当に痛かった。
手術の前に、かなり痛くて歩くのも大変になってた。
切れば少しは楽になるだろうと期待していたら、
とんでもない、もっとその十倍くらい痛くなった。
痛み止めなんて全然効かない。
少しは効いたのかもしれないけど、
痛みは全然おさまらない。
最初の2,3日は、腕をちょっと動かしただけでも
背中中に激痛が走った。
なんでこんな手術受けちゃったんだろうって、
後悔したっけ。
先生が回診に回って来て、どうだいって聞かれても、
答えは「痛いです」だけ。
それでも二週間目には抜糸したんだから、
その頃にはだいぶ楽になっていたのかな。

整形外科にはひと月と三週間位入院していた。
それで、入院中に原発がんを探して乳がんと判明。
乳腺に紹介状持って行った。
おんなじ病院なのに、変なのって思ったけど。
最初に診てもらった先生はたぶん若い方。
診察を二度受けたけど、いくつか納得できない点があって、
結局整形を退院ぎりぎりに主治医が変わった。
そしたら、早くても3週間後と言われていた入院と手術、
突然、退院の日に、「明日でも入院出来ますよ」
えっ!明日、ですか?
ベッドは空いていないんじゃなかったの?
なんで医者が変わっただけでそんなに変わるわけ?
病院の事務の人が入ってすったもんだした揚句、
乳腺への入院は4日後に決まった。
わけわかんないんですけど~。

でも、手術が早くなったことは良かった。
約二カ月の入院中に増えた荷物を持って
整形を退院。
そして4日後に今度は乳腺に入院。
家にいた3日間は落ち着かなかった。
ゆっくりお風呂に入れたのは嬉しかったけど。
今度は入院は10日位って言われてたから
荷物はかなり少なめ。
手術は最初1月31日の予定だった。
それが、どうもドタキャンが出たらしく、
主治医が突然やってきて、30日でもいい?って聞かれた。
私はもう覚悟は出来ていたから
気軽に「いいですよ」と答えたんだけど、
立ち会う予定だった弟に連絡したら、
「そんな、急に休み取れないよ」っていわれた。
そうか、そこまでは考えてなかった。
立ち会ってくれたのは結局父と叔父だった。
二人ともせっかちで、やたら早く来て、
まだかまだかとイライラしてる。
他の患者さんの手前もあるし、
コーヒーでも飲んで来たら?と
デイルームに行ってもらった。
手術も二度目だったから、私は妙に落ち着いていたみたい。

術後も、最初はいろんな管につながれていたけど、
次の日までにはほとんど取れてしまい、
背骨の手術の時とは大違い。
痛みはあるけど、背骨の時に比べればそれ程ではないし。
ご飯もちゃんと一人で食べられるし。
ただ、脇の水抜きの管をつけたまま、
一週間で退院となったのは予想外だった。
今でも病院で、ポシェットをつけた患者さんを見ると、
大変だなと思いつつ、ちょっと懐かしくなる。

これが今も続く長ーーーーい治療の始まりでした。

おばさんの思い出話っぽくなってしまった。
思い出だから、かなり美化しているけどね。

今回も長々と失礼しました。
2011-02-14 18:02 | カテゴリ:乳癌
去年の11月に風邪をひいた時は、とっても大変だった。
風邪が治っても、身体はふらふらだし、
でも、あんまり仕事も休めなくて、
やっとの思いで仕事に行ってた。

その時、一時足の付け根が痛くなって、
ロキソニン飲んで、そのうちに治ったけど、
歩かなかったせいか、筋力がかなり落ちた。
それは今でも続いていて、右足をひきずって歩いている。
階段を上るのも結構辛い。

そんなことがあったので、
病院の先生と、駆け込み寺みたいな病院を作る相談をしていた。
場所とか、受け入れ態勢とか、今の病院との関係とか。。。
私は本当は家のすぐ近くの病院を希望していたんだけど、
そこは今、医者が足りないらしく、無理だという。
それで妥協して、とりあえず一件紹介された病院に
今日、行ってきた。

今の状況、私の生活のこと、仕事のこと、家族のことなんかを話した。
今日会った先生は、なんていうんだろ、
テレビドラマに出て来るような感じ。
別にイケメンとかいう意味じゃなくて、
医者として、使命感に燃えてそうな感じ。
でも、そんなに若くはないから、
現実は厳しいこと、現実に何ができるか、
わかって話している、と感じた。
多分、うまく付き合っていけそう。

今困っていることはと聞かれ、味覚障害を話した。
そしたら、亜鉛が少し入っている胃薬があるという。
それで、味覚障害は少しだけ治る可能性があると。
試しに飲んでみることにして、処方してもらった。

これで、風邪をひいたり、具合が悪くなって、
今の病院で受け入れてもらえない時、
診てもらえるところが出来た。
うちから、近いわけじゃないけど、遠いとも言えない場所。
あんまり贅沢は言えないし。
「個室ならいつでも一部屋は空いてますから、
別荘代わりに考えてもらっていいですよ」
個室って、今の病院よりは安いけどさ、
でも、そんな簡単には入れない。
別荘代わりに病院を使う気はないけど、
ただ、どうしようもなく辛い時面倒をみてもらえるって、
すごく安心できる。
まあ、良かったです。

約1時間待ったけど、その位は普通、
というか、早い方。
たまたま外科の診察室に近かったせいか、
車いすの患者さんが多い。
角で鉢合わせして、お互い譲り合ったりしてる。
そこにまた、ストレッチャーに乗った患者さんが
看護婦さんに押されて通って行ったり。。。
いつも行ってる病院は廊下がかなり広いから、
こういう光景はあまり見ない。
久々に診察代も数百円だったし。
ちょっと珍しい経験をした気分。

午後は会社に直行して、仕事してました。
今、ちょっと休憩中(^_^;)

こちらは雨が降って来ました。
帰りも降ってると嫌だな。
やんでくれたらいいな。

さてと、仕事に戻ります。
2011-02-12 19:51 | カテゴリ:日々のこと
昨日、2月11日は、知り合いの命日だった。
もう10年以上になる。
亡くなったのは、私の病気がわかる前だった。
姉御肌で、それでとっても気がつく。
深いところでとっても優しい人。
母が亡くなった後、私は半分母のように接していた。
仕事での付き合いだったけど、
用事が済んだ後、長電話していろいろ話した。
若い頃のことを聞いたり、いろいろ教わった。

昨日は仕事が忙しくて、でも命日ということは覚えていた。
足がこんな調子ではなかなかお墓参りにも行けない。
そう言えば、今年のお正月はうちのお墓にも行かなかった。
みんな私の状態わかって許してくれるだろうと思って。

それほど歳月が経ったのに、Kさんのことは忘れられない。
その位私は慕っていたんだと思う。
健在なら70歳を過ぎた辺りかな。
早かったの。
倒れて、病院に着いた時にはもう心臓が止まってたって。
普段からかなり無理してたし、でも、休まない人だった。
ある意味、とってもKさんらしい最期だった。
良かったのは、一人暮らしだったけど、
たまたま休日で息子さんが家に帰っていたこと。
たった一人で逝ったのならどれほど切なかっただろう。
だけど、だけど、やっぱりまだ元気でいて欲しかった。
母に対する気持ちとは違うけど、そう思う。

Kさん、今頃どうしてますか?
Tさん、Hさん、他の皆もそちらへ引っ越したから、
面倒見るのでまた大変かな?
でも、Kさんだからうまくやってるでしょうね。
いつか私もそっちへ行ったら、またおしゃべりしましょうね。
今度は、お茶を飲みながらのんびりと。

今回はコメント欄、閉じます。
2011-02-08 21:08 | カテゴリ:乳癌
                                                    2011020818490000.jpg

今夜は鰻重でした(^o^)
写真が携帯で、かなりボケててすみません。
普段は仕事のある日は、お弁当とかせいぜいお蕎麦とかだけど、
今夜は知り合いが遊びに来て、驕り!でした。
わーい\(^o^)/、鰻だあ~

早速電話をして、注文した。
時間が遅かったせいか、空いてたみたいで割と早く届いた。
うなぎなんて久しぶり♪♪♪
でも、ちょっと嫌な予感はしてたんだけど、
的中した。
蒲焼が甘いの。
和菓子みたいに甘いの。
タレには、お醤油とかだって入ってるはずなのに、
甘みしか分からない。
「うまいな」という知り合いのおじさんの言葉に
「とっても!」とニッコリ笑顔で返しながら、
心の中では泣いてた。
味覚障害なんだよね。
何故か、私はドセをやると甘みしか感じられなくなってしまう。
最初は二週間経つと、副作用は消えていたけど、
最近はずっと続いてる。
お菓子みたいに甘い蒲焼なんて、
悲しい(-_-;)

でも、そんなこと言えないから、
「おいしいですね」と言いながら、(ホントはおいしいの知ってるし)
最後まで食べた。
蒲焼がなくなって、ご飯だけになったら、
甘みはあまり感じなくなって、ご飯だけの方がおいしかったかも。。。
「これはおいしいはずだ!」
「これはおいしいんだよ!」
一口食べる毎に自分に言い聞かせる。
でも、実際は甘いの。
途中から、お茶を少し濃く入れて飲み始めた。
お茶を飲んだ時だけ、甘さが消える。

食欲がないわけじゃないし、副作用としては大したことではないかもしれない。
他にも、最近は足に痺れがちょっと出て来たし、
でも、歩くには支障はない。
お風呂に入って洗ってると、違和感があるだけ。
それから休薬期間中に少し生えた髪がまた抜け始めて、
その掃除が何気に面倒。
副作用は今のところこのくらいで済んでいるから、
文句を言うのは贅沢かもしれない。
でも、甘いうなぎはやっぱり悲しい。

どこまで続くんだろ、この長い道のりは。
早く、肝臓のヤツも骨のヤツも消えて欲しい。
早く抗がん剤治療が必要なくなるようになりたい。

うなぎごときの話で大げさだけど、
しみじみ思ってしまった。

何で、がんなんかになっちゃったんだろ?
こんな日は、いつも心のどこかにあるこの疑問がふと浮かぶ。
考えても答えのない疑問がぐるぐる回り出す。

明日からは、また元気になるよ、たぶん。

では、また。
2011-02-03 00:43 | カテゴリ:乳癌
今日は朝から晩まで病院にいた。
私としては早く家を出て、全ての任務?が終了したのは、
何と夜の6時を過ぎていた。
乳腺がものすごーく混んでいた。
わざわざそういう張り紙がしてあった。
予約が1時で、実際に診察室に入ったのは、
3時半頃だった。
疲れるよ、待ってるだけで。
診察はたぶん5分位でおわって、
今度は点滴の部屋に紙を出して、また待つ。
病院で過ごす時間の9割が待ち時間だわ。
これは大きい病院では普通なのかなあ。。。
疲れに来てるみたい。

ところで、午前中は整形の予約が入っていた。
先週来た時に、足が痛いというと、
レントゲン撮ってみて、いろいろ怖いことを言われた。
ここにあると思う(つまりヤツがね)
放射線が効くけど、ここの場所だと「骨頭壊死」
になる可能性が高い。
「壊死」って、骨が死んじゃうんでしょ?
そう、でも取り換えればいいんだよ、チタンのに。
抜糸まで2週間だし、簡単だよ。
先生、人の足だと思って簡単に言わないで下さい!
でも、骨を取りかえるって、ええーーー!!!
また手術するわけ?
でも、今の右足じゃうまく歩けへんし(たまに突然関西弁になる)、
手術も仕方ないのかなあ。。。
いろんな考えが頭の中を錯綜する。

レントゲンだけじゃ分からないから、
CT撮ってみよう。
で、そのCTの結果を今日聞きに行った。
もうこの一週間、ちらちらこのことを考えて、
最悪の場合、それでホントに治るなら仕方ないと覚悟して、
今日は家を出たのだった。
ボスの鑑定、じゃなくて診断は、
「どう見ても、そんなに悪くないよ」
というものだった。
「放射線は?」
「まだしなくて大丈夫だよ」
「じゃ、手術もなしだよね?」
「そりゃ、そうだよ。放射線かけないんだから」
なんだか、体中の力が抜けた。
何だったんだ、この1週間は

まあ、考えようによっては、とっても良かったんだけどさ。
痛い思いしなくていいわけだし。
ただ、考えてみると、右足の痛みは依然存在してる。
「先生、でも、足は痛いし力がなんか入らないんだよね。
歩くのも、転びそうで怖いし」
すると、ボス、
「コルセットで腰を安定させたらどうかな?」
そうか、そういう手があるか。
ただ、前に買ったのはサイズが合わなくなってる。
適当な言い訳つけて、
「じゃあ、Lサイズのを下さい」
「LLじゃないの?」と横からちゃちは入る。
「先生の3Lのお腹とは違いますからね!」
看護婦さんが持ってきて、つけ方を詳しく説明してくれた。
私はものすごいいい加減なつけ方をしていたのだと、納得および反省。
箱は捨ててもらい、早速つけてみる。
気のせいか、ちょっとしゃきっとした感じ。
何て、ノー天気なワタシ(~_~;)
でもまだ怖いから、次の予約をいれてもらう。
痛みはある程度我慢できる。
でも、力が入らないのはやっぱり怖い。
と言っても、熱海以来気をつけて歩いているせいか、
転んではいないんだけど。

ということで、夕飯は遅くなったから外で。
ちょっと一人で軽くお祝い。
手術しなくて済んだお祝いです(*^。^*)
今回は洋食が食べたくなって、
近所のお店に入る。

「アツアツフェア」というのをやっていた。
グラタンとか焼きカレーとかそういうのだけど。

168.jpg
私はシーフードドリアにした。
写真は忘れたけど、小さなサラダ付き。
私はこの葉っぱのサラダ、あまり好みではない。
うさぎか鳥になった気分になるし。
でも、今日はお腹も空いてから食べた。
ドリアは熱くてチーズがトロトロで、
とってもおいしいわけじゃないけど、普通かな。
贅沢言っちゃいけないけど。。。

次はこれも写真無しですみませんが、
コーンスープを頼んだ。
私、とうもろこしが妙に好きで、あると大体頼んでいる。
これもおいしかったけど、
出来たらとうもろこしが何粒かはいっていると、
もっと嬉しかったんけどなあ。

172.jpg
これは、デザートのシャーベット。
度忘れしたけど、クランベリー、いや違ったような。。。
ひと口食べてから、写真を撮らねばと向きを変えて撮影。
カモミールティを飲みながら、頂きました。

まあまあ満足の夕食だった。
去年の11月の風邪以来、胃袋が縮んだ気がする。
だから、これでお腹一杯。

徒歩で10分位の距離を何度か休みながら、
うちまで帰りましたとさ。

お休みなさいm(__)m
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