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2010-10-24 01:00 | カテゴリ:お楽しみ
今月は、私にしては珍しくよく出かけてます。
今週の火曜日は、さ○ま○しのコンサートへ行ってきた。
8月の終わりころだったか、たまたまコンサート情報を見ていたら、
まだ、少し空きがあった。
火曜日だ。
この日なら行けそうだ。
やめてしまった厚生年金会館の方がうちからは近いけど、
ここだと大抵週末の金曜日、
私はまず行けない日。
でも、火曜日なら大丈夫だろう。
もし、忙しくなってしまったら、
誰かにお留守番を頼んじゃおう!
そうだ、そうだ、そうしよう♪♪♪

やはり、ひょっとしたらという予感は当たり、
会社の人に仕事を頼んで、私は早引け。
だって、開演は午後6時からなんだもん。
方向音痴協会のメンバーである私は、
(誰がそんなもん作ったんだといわれても困るけど)
迷子になる確率がとっても高い。
だから、余裕をみて1時間半前に出るつもりが、
出られたのは1時間前。
早く会場に着くべく急ぐワタシ。
そういう時に限って、携帯に電話が入る。
それも仕事のお客さんからの電話とか、
翌日の打ち合わせの電話とか、無視するわけにもいかず、
電話に出て話す。
あちこちで足を止めて話していたら、
だんだん時間がなくなってきた。
これは急がなくては。

地下鉄に乗り、一度乗換え、無事に最寄駅に到着。
あと、15分しかない。
事前に場所を調べたら、最寄駅から徒歩8分。
よし、とにかく急ごう。
地図を再確認して、早足で歩く。
約10分後、会場に到着。
もう席についてる人が多くて、
何とか自分の席を見つけて
「すみません」を繰り返しながら、やっと席に座れた。
はあ~、やれやれ。
すぐにブザーがなり、それからアナウンスが流れる。
上演中は飲食は禁止だって。
お腹空いてるんだけど。。。
お茶も飲んじゃいけないのかな。
でも、飲むとトイレ行きたくなるし、なるべく我慢しよう。

そんなことを考えていたら、幕が開きまっさん登場!
まず、続けて二曲歌う。
この二曲が私の大好きな歌。
一曲目が「主人公」で、二曲目が。。。ちょっと度忘れ、
でもこれも大好きな歌。
そして、まっさんのあいさつ。
始まっても、結構遅れた人が入ってくる。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。まだ大丈夫ですよ。
たった二曲が終わったとこですから」
場末の何かのように最初から笑わせてくれる。

それからトーク。
まっさんファンは、私も含めて、このトークが目当てで
来てる人が多い。
もちろん、生で聞く歌は最高なんだけど、
歌だけではつまらない。
やっぱりトークがもれなくついて来なくちゃ。
今回も局の合間に、いや、トークの合間に歌を歌ったのか、
笑わせてくれたり、ちょっとしんみりしたり。。。
去年、まっさんのお父さんが亡くなった。
89歳だったとか。
年に不足はないとはいえ、
親が亡くなるのはいくつになっても悲しいし寂しい。
入院中のこと、臨終は兄弟全員で看取れたこと、
それから今年の夏に、故郷長崎のお盆の行事である、
精霊船を流したことなんかを話してくれた。
そして、そのまま「精霊流し」を歌う。
最初にまっさんが弾くバイオリンの音が切ない。

そんな感動的な話も歌もあったのだけど、
今回一番受けてしまったのは、
「空飛ぶ円盤を見に行くツアー」に行った話だった。
これは、帰りの電車の中で2回位思い出して、
笑いそうになるのを何とかこらえ、
翌朝起きて、一番に思い出して起きる前にまた大笑いしてしまった話。
キーワードは「来てくださ~い」
何のことか、さっぱりわかりませんよね。
ごめんなさい、一人だけで楽しんでいて。
たぶん、私がここに書いても、
まっさんのようには面白く書けないからやめます。
それに、ヒトのネタを取っちゃいけないし。

終わりは、ものすごくパンチのある歌二曲、
そして、これもある意味お約束のアンコール曲。
電気がついて、時計を見たら9時ちょっと前。
約3時間の熱演でした。
ありがとう、まっさん。
楽しかったです。

ほんとは帰りにコンサートのプログラムを買うつもりが、
もうCDしか売っていなかった。
やっぱりもっと早く行くべきだったわ。

さて、方向音痴のワタシ、駅へ急ぐみんなの後を追う。
会場の前にバスが止まっていた。
念の為に行き先を確認したら、「浦安駅」
うちと反対方向だ。
やっぱり歩こう。
実は、この日は午前中も仕事の打ち合わせで出かけていて、
普段はあまり着ないスーツとパンプスで、
パンプスのせいで左足の小指に靴ずれができて痛かった。
歩くとまた痛みがぶり返し、仕方ないから
足を引きずりながら歩いた。
だんだん、皆から離れて行き、
最後、5人組のおじさんの後を一生懸命歩いた。
そのおじさんたち、途中で裏道に入った。
たぶん、近道をしてるんだ。
と思って、後を付いていったら、
な、何と駐車場に入って行く。
えっ
そんな。。。と思ったけど、
おじさんたちが乗せてくれるはずもなし、
乗せてくれても怖いし。
何気ないふりをして表通りまで引き返す。
ああ、足が痛い

みんなが去ってしまった通りは、
まだ9時過ぎなのに、人が通らない。
たまに車が走り去る。
たぶん、こっちの方向だろうと思いつつ、
また間違えたら嫌だから、少し車を見ていた。
たまーに、タクシーが通る。
もちろん、自家用車の方が多い。
良く見ていて、タクシーの空車が走り去る方向が駅だろうと
推測した。
それで、また足をひきずりながら歩く。
しばらく歩くと商店街みたいな明るい光が見えてきた。
たぶん駅前の商店街だろう。
気持ちだけでも、足の痛みが楽になったような。
やっぱりそうだった。
そうとわかったら、急ぐ必要はない。
ゆっくり、あまり痛くないように歩いて、
何とか駅についた。
やれやれ。

これで、もう大丈夫。
さあ、うちへ帰ろう。
と思って、駅の中を歩き始めると、
スーパーに入りそうになった。
そうじゃない!
私が行きたいのは改札口なの。
違う人の流れに入って歩くと、今度は駅の出口に行きそうになる。
なんなんだ、この駅は。
見まわすと、券売機を発見。
たぶん、その隣あたりに改札口があるのだろう、
と思って探してもない。
そんな、ここまできて、電車に乗れないなんて、
ワタシがかわいそう過ぎる。
気持ちを落ち着けて見まわして、やっと改札口を発見。
なんだ、こんなところにあったんだ。
改札を通って、やっとホームへ着いた。
これで、これでやっと帰れる\(~o~)/

少し待って、電車が来た。
乗って坐った時は本当にホッとした。
20分乗って、うちの最寄駅に到着。
お腹が空いた。
うちまでもたない。
あちこちうろうろしたお陰でもう10時だし。
冷凍ご飯もあるかないかビミョーだし。。。
少し歩いて、何故か焼きそばがおいしい、
たまに顔を出すカラオケスナックに行く。
店はお客さんで結構混んでいて、
私はウーロン茶と焼きそばを注文。
カラオケスナックなのに、何をしにきてるんだか。。。
情連さんがいて、話しながらウーロン茶を飲む。
それから出来上がった焼きそばと
サービスで出してくれたおしんこを食べて、
一曲も歌わずに店を出て、帰った。
忙しそうだったし、私は歌いたくて行ったのではないし。
うちへ帰ってお風呂に入って、
やっと人心地がついた。
そして、コンサートのことを思い出しながらニヤニヤ

行きはよいよい、帰りは怖い♪
「通りゃんせ」の歌詞のような晩でしたとさ。

今回も長々と失礼しましたm(__)m
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2010-10-22 20:53 | カテゴリ:日々のこと
先週の点滴の後、まだ味覚が変。
今までの例だと、来週の水、木曜日辺りで治る予定。
出来たら、もっと早く治って欲しいな。。。

先々週辺りから、仕事なんだけど、
面倒な事態になっていて、その解決にあちこち動いてる。
普段の仕事は勿論あるから、かなり忙しいことになってる。
で、親戚付き合いなんかもその間に入って来て、
先週はずっと事務所にいたのは一日位だったかな。

それはともかく、通院日の次の日は横浜へ行ってきた。
母の実家が横浜で、と言っても海の方ではなくて山の方。
今、母方の実の叔父と義理の叔父二人が倒れて入院中。
もう何年にもなるんだけど。
実の叔父の方は車いすで動けるらしいけど、
義理の叔父の方は寝た切りで痩せてしまい、
肺炎で他の病院に入院していると聞いた。
寝た切りで肺炎て聞いたら、お見舞いに行かなければ。
と言っても、弟は無理だし、父親はもっと無理だし。
もう一人の叔父が病院を知っているというので、
連れて行ってもらうことにした。

午前中、私にしては早起きをして会社で待機。
叔父が11時頃に来て、そのまま車で横浜へ。
首都高を抜けると、段々ビルが減ってきて、
緑が増えて来る。
私的には嬉しい景色。
病院は戸○の方だった。
私は、子の辺りになるとまったく土地勘がない。
叔父が「今、○○に向かってるんだよ」
とか
「ここから△△に向かうんだ」
とか、
いろいろ説明してくれるんだけど、
わかったようなわからないような。。。
昼頃に無事病院へ到着。
坂道に建っているので、2階なのにエレベータで降りる。
入口は三階らしい。

病室に行くと、叔父は昼食替わりの点滴中。
ほとんど食べられず、一日三回の栄養剤で命を繋いでいるらしい。

かなり恰幅の良かった人なのに、
あり得ないほどガリガリに痩せていた。
人相まで変わってしまったきがする。
もし、元気でいても、
道で会ったら絶対にわからないだろうな。
叔父も私のことがわからないらしく、
説明してもどこまで分かってくれたか。
叔母がいてくれたから、良かった。
肺炎は良くなり、何日かで退院出来るようだ。
久しぶりに会った叔母もかなり老けて見える。
母が健在だったら、もっとおばあさんになっているんだろうな、
と思いつつ、60半ばで逝ってしまった母の
年老いた姿はイマイチ想像できない。
これだけは、早く逝った者の勝ちかもしれない。

それから、今度は実の叔父の家に寄った。
その前に側の母の実家のお墓参りをした。
このお墓もかなり昔母に連れらrて来た覚えがあるが、
本当にかすかにしか覚えていない。
花は家から持って行った。
お線香だけ貰って、手桶を借りてお参りをする。
新しくお花をいけるとすこし見映えが良くなった。
たまには来ないと、ここに眠っている
おじいちゃんおばあちゃん、そして他のご先祖さまたち、
さびしいよね。
また、来るね、おじいちゃん、それから会ったことのないおばあちゃん。

その後、叔父の留守宅に寄り、
叔母と少しおしゃべり。
この叔母はとっても明るい人で、
私はかなり好きだ。
私の知らない昔の話を聞いたりして面白かった。
30分位お邪魔しただろうか。
お寺に車を置かせてもらっているのでと、
運転してきた叔父が気を遣っておいとますることにした。

帰りは大黒埠頭の方から帰る。
実はべ○ブリッジを渡ったのは初めてだった。
私は帰りは駅から電車で帰ると言ったのだが、
家まで送ってもらった。
うちでひと休みして、叔父は帰って行った。

車で動けると、渋滞は嫌だけど楽でいいなあ。
あちこち行けて楽しいし。
電車での移動は、場所によっては乗り換えがかなり大変。
乗り換えで10分歩くところもあるし。
電車に乗ってる時間の方が短いなんてこともたまにある。

約半日のドライブだったけど、楽しかった。
因みに、お昼は駐車場がなかなか見つからず、
やっと見つけたサ○○リヤで頂きました。
叔父はこういう店は初めてらしく、
かなり戸惑っていたのがちょっと面白かった。
2010-10-18 19:39 | カテゴリ:乳癌
さて、翌日の水曜日、20日は通院日だった。
採血、診察、点滴、その間に緩和ケアと支援センターの診察が入る。
またもや、診察室が1階と2階で、どちらで待機したらいいのか
迷う状況。

採血は、ちょっと時間がかかったけど、無事に終了。
いつものゴッドハンドのお姉さんはすごい!
でも、だんだん採りにくくなってるみたい。
抗がん剤の影響かな。。。
娘さんのこと、気にはなったけど、聞くのはやめた。
毎回会う度に聞くのもどうかと思って。
それから私の仕事の話とか、ちょっとして、
ではまた来月と言って部屋を出た。

次は診察の予約時間、どっちが先に呼ばれるかビミョー。
早い予約時間の方を選んで、1階で待つことにする。
中々呼ばれないなあ。。。
今回は乳腺の方は主治医だから時間がかかるだろう
と思っていた。
ところが、割と早く呼ばれた。
ラッキー♪
いつものように、しずしずと診察室に入り、
(何故か、この主治医の場合は普段うるさい私でも静かに入る)
椅子に座って御託宣を待つ。

嬉しいことに、マーカーがちょっと下がっていた。
一つは基準値内!
やったね。
効いてるんだ、良かった、良かった!(^^)!
どうですかと聞かれ、味覚障害のことを話した。
「浮腫みとか痺れはどうですか?」
「無いと思います」
「ちょっと、足を見ましょうか」
ジーパンを折って足を出す。
ちょっと触って、浮腫みは大丈夫ですね、と。
良かった。
あんまりいろんな副作用に出られては困る。

味覚障害が二週間続くのが少々辛いと言ったら、
「薬が効いているようなので、今の1週間を2週間に間を空けましょう」
ホントに!嬉しいな\(^o^)/
ということで、4週に一度の通院になった。

診察室を出たら直後に、1階の緩和ケアに呼ばれ、
次の通院予定の紙を貰うのを忘れて
あたふたと1階に降りて、小走りに走る。
この先生、少しゆとりをくれると嬉しいんだけど、
中待ちに呼んで、30秒後には診察室に呼ぶんだよね。
2階から行くんだから、そんなに素早くは行けないって!
「どこでもドア」なんてないんだからさ。
でも、お医者の先生をお待たせするのはちょっと気がひけて、
1階の診察室に急ぐ。
私の場合は、まだ緩和ケアに入るとかそういう段階ではないから、
普通に話して、マーカーが下がって良かったとかね、
そんな話をして、次回の診察を入れてもらって終わり。
それから、二階の乳腺に戻り、次回の診察予約の紙を貰って、
急いで点滴の部屋に紙を出しに行く。
「只今の待ち時間、1時間30分」という無情な文字が目に入る。
ま、いいや、このくらいはいつものことだからね。
ここの病院に通っていると、忍耐力がつくのは確かだ。
後は、諦めの境地になれること。

点滴は、1時間位で呼ばれた。
上出来、上出来。
案内されたのは、かなり新し目の椅子のとこ。
他のもリクライニングなのは変わらないけど、
この椅子は、何と高さの調節もできる!
こんなのがあるんだ、へえ~。
看護婦さんと話しながら何気に聞いたら、
乳がん患者が増えていて、通院で点滴の人が多いから、
乳がん患者の分は病院の中でもかなり面積が増えてるらしい。
エコーの部屋も、しばらく前から乳腺専用とそうではない人たち用に
別れた。
つまり、エコーの場所が胸か他の部分か、
という問題なんだけどね。

看護婦さん曰く、「昨日は連休明けでかなり混んでいたんですよ。
ばななさん、今日で良かったですね」
そうか、ハッピーマンデーとやらは、こんなとこにまで影響してるんだ。
針刺しが終わり、前の晩夜中に目が覚めてその後寝られなかった私は、
点滴が始まるなり、目を閉じた。
すぐに眠ってしまったらしい。
少しの間は、隣の人の会話とかが聞こえていたけど、
終わって起こされた時には、誰もいなくなっていた
でも、熟睡出来て、頭はすっきり

これで帰れると思ったけど、まだ支援センターの診察が残ってた。
点滴に早めに呼ばれたから、まだお昼を食べていない。
コンビニでサンドイッチを買っておいたんだけど、
考えたら、明日からはまた味覚がおかしくなる。
今日くらいは、まともなご飯を食べよう。
まだ開いていた病院のレストランに飛び込み、
ちょっと迷った挙句普通にカレーライスを頼む。
あっ、シーフードカレーね。
普通に味わって食べられるのもしばらくお別れか、
なんてちょっと感傷に浸りながら。
正直、この間不安になった。
今のところは、味覚は二週間過ぎると正常に戻るけど、
ひょっとして、このまま抗がん剤を続けて行くt、
そのうち、味覚がおかしくなったままになるのではないか?
そうだとも、そうではないとも、医者も言えないだろうし、
そうなってみないとわからないけど、
でも、いくら命があっても、かなり侘しい生活に思える。
私の舌が元気なうちに、ヤツが消えて欲しい。
お願いですから。

食事を済ませても、支援センターにはまだ呼ばれない。
30分位待って、受付で聞いてみた。
それからしばらく待たされて、やっとお呼びがかかった。
ここでも、まだ深刻な話はない。
どうでもいい無駄話をかなりして、
何かあったら連絡頂戴ね、という言葉を頂き、
やっと本日のノルマ終了。

会計を済ませたら、6時近かった
かもめさんと地下鉄を乗り継ぎ、てくてく帰る。
実はこの日は仕事があったんだけど、
それから会社に行く気力がもうない。
他の人に任せて帰ることにした。

治しに行ってるんだか、疲れに行ってるんだかよくわからない一日が、
無事終了。
はぁ、やっぱり疲れた~

長々と失礼しましたm(__)m
2010-10-17 20:06 | カテゴリ:日々のこと
先日連れて行ってもらったお寿司屋さん、
職人で働いている人は、以前うちの会社で働いていた人。
父が可愛がっていた。
今でも、たまに、「あいつは憎めないヤツだった」
と、言うくらい。
やめて、もう10年近く経つのに。

私も、その子(もし、私が10代で母親になっていたら、
間違いなく息子と呼べる若さだから)
が今でも気に行っている。
それで、この間食べに行ったというか、
久しぶりに会いに行ったのだけど。

そこの店の寿司タネが良かったので、
これならお寿司を食べて(父もお寿司は好物なので)
そのたっちゃんに会わせるのもいいなあと思った。
今週、じゃなくて20日の水曜日は抗がん剤の点滴の日。
これをやると、その後二週間、味覚がおかしくなるのはわかっている。
となったら、偶然早く帰れる前日の火曜日に行くしかない。

前日に話しておいても多分忘れるから、
当日、帰る頃に「これからご飯を食べに行くから着替えてきたら?」と父に。
「何だ、突然!」とか文句を言うかと思ったら、
素直に「わかった」と着替えてきた。
私一人なら地下鉄で行くのだけど、
父は最近、寄る年波に勝てず足元が怪しげ。
地下鉄の階段で転ばれても後が面倒だから、
タクシーを拾った。
途中で、「これから行くとこにはお父さんの知ってる人がいるんだよ」と私。
「えっ、一体だれなんだい?」
「着くまで内緒だよ。」
「えーー、一体だれだろう?○○ちゃんかな、いやもう死んでるか」
「そんなおじいさんじゃないよ。もっと若い人だよ」
「ふーーん、△△さんかな。早く教えろよ」
「あと10分位で分かるから、少し考えてわくわくしてれば」
と冷たくワタシ。
父は、あーでもない、こうでもないと一人でぶつぶつやっていた。

タクシーは、すぐに目的地の交差点に到着。
そこから5分位歩くと、寿司屋さんがある。
その日は多少空いていて、すぐに案内された。
突然父を連れて行ったので、たっちゃんは一瞬びっくりしていた。
父は「おう、お前だったのか」と笑顔でびっくり。
とりあえず、座って飲み物を頼み、それから積もる話をしながら、
握ってくれるお寿司を食べる。
「おやいさん、何食べる?嫌いなものある?」とたっちゃん。
「いや、俺は何でも大丈夫だ」
まずは普通に?中トロとか、それから父は鮑を頼んでいた。
私は、中トロの次にコハダとかイワシ、ホタテ、
それから、また土瓶蒸しを頼んだ。
何を食べたっけ?
ぼたん海老、シャコ、大トロ、私は苦手なので父に進呈。
「お前、いくつになったんだい?」
「もう来年、35だよ」
「それにしちゃ若いな」
「お父さん、たっちゃん4人の子持ちなんだよ」
「そうか、4人もいるのか」
「あと5人産んでもらって、野球のチーム作ればいいじゃん」とワタシ。
「冗談ばっかり。もう無理だよ。そんなに沢山食わせられないよ」とたっちゃん。

基本的に、女は食べながらでもしゃべる。
飲みながらもしゃべる。
でも、男は、食べるのと飲むのに専念してしまう。
この間は、たっちゃんのお母さんとおしゃべりしながら食べたから、
2時間位かけてお腹いっぱい食べたのに、
今回は1時間でもうお腹が一杯だと言い始めた。
と言いつつ、松茸の焼いたのが食べたいと言う。
「お腹一杯なんじゃないの?」
「でも、食いたい」子供だよ、まるで。
仕方ない、焼き松茸を注文。
松茸が来ても、結局父は2切れ食べて終わり。
後は私が頂きました。
国産ではないのはわかっているけど、
結構香りが良かった。
最後に玉子を食べて、食事終了。

私たちの後から、日本人と外国人の男女が隣の席についた。
私たちとたっちゃんのやり取りを聞きながら、
たまに苦笑したりしていた。
ここにはたまに来るらしい。
うちの仕事を知って、女性(話しているうちに男性の奥さんだとわかった)
が、なつかしそうに話しかけてきた。
ご主人はスイスの人で、今はチューリッヒに住んでいるとか。
脳外科医で、腕がいいのだろう、たまに日本に仕事で呼ばれるとか。
そうすると、来た時と帰る晩はここでお腹いっぱいたべて帰るそうだ。
そして、驚いたのは、奥さんの生まれがうちの割と近くだったこと。
「地名を聞いた途端に懐かしくなって」と奥さん。
「今度はぜひ、うちの店にもいらして下さい」と名刺を渡した。
それから、メールアドレスの交換もした。
「また、ここでお会い出来たらいいですね」
と言いながら、別れて帰ってきた。

おいしい物が食べられて、なつかしい話も出来て、
父が楽しそうにしている姿も見られて、
とっても楽しい夜だった。
帰りは、交差点から10分位歩くと、
うちの最寄り駅のある地下鉄に乗れる。
どうしようかと聞くと、父はそんなに歩くのは嫌だという。
それで、またタクシーで。
父を実家まで送り、私はそこで降りて自宅までてくてく歩いた。
少し歩いて、お腹を引っ込ませないとね。
多分、去年辺りなら、父は10分くらいの距離は歩くと言っただろう。
少しずつ少しずつ、足腰が弱って来ているようだ。
そんなことも発見してしまった夜だった。

でも、ホントに楽しかったヨ(*^_^*)

またまた、一枚も写真がなくて、
ごめんなさいm(__)m

2010-10-10 13:52 | カテゴリ:乳癌
体育の日が、10月10日と定まらなくなったので、
本当は10日頃、というのが正しいのだが、
とにかく、10月10日前後に
会社のシャッターを上げて、背骨の一つが壊れて、
それががんの発見のきっかけになった。
シャッター記念日は私にとってそういう日だ。

9年前のあの頃、まさかがんとは思っていなかった。
軽い気持ちで、近所の総合病院の整形外科を受診し、
そこから専門病院を紹介され、それでも骨の病気と思っていたら、
何と乳がんだと判明。
これには、かなり驚いた。

乳がんの知識など何もなく入院してしまい、
裏表、煮魚のようにメスを入れられ、
乳がんの手術を終えて退院してから、
書物やらインターネットで調べたら、
私のレベルまで悪くなっていると
どうもあと3,4年の命らしい。
そうか、私は5年後には生きていない可能性が高いんだ、
妙に冷静にそんなことを思ったっけ。

それが、9年目に入って、
元気で、仕事もこなしているし、ご飯も普通に食べられる。
背骨に負担がかかると、たまに肋間神経痛が出るが、
それ以外は腰なんかに慢性的な痛みはあるが、
痛み止めも飲まずに普通に暮らしている。
抗がん剤治療はしているけどね。
あの頃を考えるとかなり驚きだわ。

今の生活がずっと続くものなのか、
あと何年かで終わるものなのか、
私にはわからない。
人は、植物も動物も含めて、生物の命はいつか尽きるものだから、
生まれた時に貰った寿命を、全うすればいいと思っている。

さて、三連休の真ん中の日曜日、
今日も私は仕事をしてます。
まあ、たまに休みながら、
気持ちの上ではこれからものんびり行きたいな。

ひとり言でした。
2010-10-06 23:11 | カテゴリ:お楽しみ
歌舞伎のチケットが手に入ったので、
昨日見に行ってきた。
夜のほうが行きやすいんだけど、
お昼の部だった。
会社に行って、仕事を少し片づけ、
それから、銀座へ向かう。
会社の人に、仕事があるのに芝居見物とは言えず、
違う理由を作ってごまかした(汗)

少し遅れて着席。
芝居はもう始まっていた。
源頼朝の息子が主役なんだけど、
影の主役は北条政子だと思う。
古い考え方かもしれないけど、
「家は末代、人は一世」という言葉が印象的だった。
ある意味、情のこわい人であり、
だからこそ、源氏のあと北条氏の時代が続いたんだろうな。

次は連獅子。
これは違う役者さんので2度か3度見てるんだけど、
あの二人そろって首を回し、獅子のたてがみ?を振り回すのは
圧巻だ。
ただ、首に負担がかからないのだろうかとか、
余計な心配をしてします。
これは笛や太鼓、三味線と、にぎやかなお囃子付き。
その邦楽の音がとても心地よい。

最後は、現代風にいえば、コメディ。
加賀鳶が花道に勢ぞろいしたり、
その後は、結構笑っちゃう場面が多くて、
とっても楽しかった。
歌舞伎を見ていると、日本語の微妙な間とか、
見栄を切る時の決まりのポーズとか、
そういうものの良さがやっと楽しめるようになった。

さて、芝居は4時少し前に終わり、
急いで会社に帰る。
メールを開けると、何通か入っていて、
急いで返事を書く。
電話がかかったり、ファックスが来たり、
支給返事をしなければならないこともあったり、
あちこち電話をかけたら、メールを送ったり、
30分位で一段落したが、かなり濃い時間だった。
それから普段のペースに戻り、普通に仕事をこなす。
昨日は6時で業務終了の予定だったが、
私は30分残業。
ま、昼間遊んだから仕方ないよね。

それから、会社の近くで知り合いと待ち合わせて、
今度はまた銀座へご飯を食べに行った。
銀座というか、築地に近い方かな。
回るお寿司屋さんです。
そこに勤めてる寿司職人の一人が、
私も前から知っている人で、一緒に行った知り合いは。
その人のお母さん。
結構混んでて、息子目当てに来てくれるお客さんもいるのよ、
なんて嬉しそうにおかあさんが話してくれた。

お寿司は、カウンターに座って食べたんだけど、
とってもおいしかった。
中トロとか普通のものはもちろん、
「のどぐろ」とか「くえ」とか、初めて食べたネタもあった。
くえは高級魚だって聞くけど、すごーーーくおいしい
かどうかは何とも言えないけど、
でも、白身で鯛とも違った味だった。
金目の炙ったのも出てきた。
金目のお寿司は初めてだった。
かなりお腹がぱんぱんになるまで食べて、
知り合いはビールも飲んで、
6千円位。
銀座方面としては、決して高くはない。
この職人さん、父もちょっと知っているので、
近いうちに父と一緒に行って、サプライズを仕掛けようかと思っている。
父もお寿司は大好きだからね。

昨日はあんまり仕事もせず、楽しいことの多い1日だった。

相変わらず、写真はなしです。
昨日の知り合いは、私がブログをやってること知らないし、
何となく写しにくかった。
それと、約10年ぶり位に会ったから、
食べながら、積もる話もあったし。
でも、もともと童顔だったけど、
そんなに月日が経ったのが信じられないくらい、
ほとんど変わっていない。
つい二、三日前に会ったばっかりみたい。
楽しい晩だった。
食べ物もそうだけど、懐かしい知り合いと会うのもうれしい。
昔話も沢山出たし、共通の知り合いの話も出たり。
今度は場所を覚えたから、またぜひ行きたいな。
2010-10-01 19:50 | カテゴリ:お楽しみ
しばらく会ってない友人が、平日に休みを取れたというので、
私も休みを合わせて一緒にお昼を食べることにした。
昨日の話です。
一度、銀座でランチ!というのを計画したことがあって、
それは都合がつかなくなって諦めたので、
今回はリベンジという意味もあった。

私は普段の外食はせいぜい○草辺りなので、
銀座は有名は店は名前だけは知っているけど、
殆ど行ったことがない。
お店選びは友人に任せた。

昨日は、朝から生憎の雨。
銀座までの地下鉄の線が同じなので、
途中の駅で待ち合わせて、そこからは連れて行ってもらった。
雨なので、地下を行くことにする。
あっちを曲がり、こっちを曲がり、
階段を下りたり、上ったり、
ただでさえ方向音痴の私は、銀座のどの辺なのかまったく見当がつかなくなった。
友人は、銀座に関しては私よりも頻繁に来ているらしい。
それらしき出口を見つけ、地上を少し歩くと
目指す店に着いた。
並木通りの「○の花」という和食のお店。
豆腐料理のお店という話だったけど、
お豆腐だけでなく、いろいろ手をかけたであろう
料理が出てきた。

銀座の前に、一件野暮用があり、そのせいで、
いえ、忘れっぽいせいで、またまたカメラは忘れた。
私たちが選んだのは、ランチで2,600円のコース。
でも、季節限定で300円値引きになっていた。
ラッキー(*^_^*)

まずは、三点盛りというのかな、
1、胡麻豆腐、柿の白和え、何かの菜のおひたし
2、豆腐焼売、
  これは鶏肉のひき肉も入っていて、
  どこが豆腐なのかわからない位
  見事に身をひそめていた。
3、多分サトイモ系の芋を潰して
  何かを来るんで揚げて、あんをかけたもの。
  中身を忘れた。
4、茶碗蒸し
  自分で作るとスが入ったりして難しいんだkど、
  丁度いい蒸し加減。
  柔らかい味付けでおいしい。
5、海老の天ぷら、しし唐の素揚げ
  天ぷらの衣が、素麺か何かをまぶした感じで、
  しゃりしゃり感が面白かった。
6、豆腐サラダ。
  これも、器の下の方に豆腐があって、
  上からみたら揚げたじゃこと水菜?のサラダみたい。
  この揚げたじゃこみたいのが何だかわからなくて聞いたら、
  サツマイモを細ーーーーく千切りにしたものを
  素揚げにしたものらしい。
  正体がわかっても、ホントにサツマイモなの?
  って思うくらい、細ーーーい千切りだった。
7、ご飯は松茸ごはん、松茸はあんまり見えなかったけど(^_^;)
  味噌汁、おしんこ
8、デザート、芋ようかんでもないけど、そんなのと、
  あともう一品。
実は、200円だかプラスすると、パフェに変更できますと言われた。
私はそのままを選び、友人はパフェにした。
ところが、来たものは二人とも同じもの。
「あの、先程私の分はパフェに変えてもらったんですが」と友人。
「あっ、失礼しました。すぐにお取り換えします」と
仲居さんが一度持ち帰った。
ところがすぐに戻って来て、
「申し訳ありません。パフェがたった今終わってしまいました。
お詫びに栗のアイスクリームをサービスさせて頂きます」
ということで、友人はアイスがサービスとなり、
私も一口貰って食べた。
そんなバタバタがあったせいで、いや、あくまでも私の記憶力の無さのせいで、
デザートのもう一品を完璧に忘れた。

でもね、接客がとっても良かったの。
私たちは椅子席で、大きな部屋の一隅に案内されたんだけど、
何気に見てると、その部屋を出る時に、
仲居さんが毎回、軽くお辞儀をして出て行く。
食べ終わって帰り仕度をしていると、
フロアマネージャーらしき、着物姿の女性が、
感想なんかを聞きに来てくれた。
このお店はチェーン店らしい。
どこでもそういう躾をしているのかわからないが、
とっても気持ちよかった。

そうそう、帰る前にトイレに立った友人が、
なんかさ、トイレまでの道がすごくいいから行ってごらん
って言われて、ではと行ってみた。
ビルの中だけど、ちょっと疏水のようなところがあったり、
うん、雰囲気がすごくいい。
で、特に行きたいわけでもなかったけど、
お手洗いもついでに覗いてきた。
ここもすごくきれい。

食べながら、ずっとしゃべっていた私たちだったが、
それでも、ここがビルの中だということを
ちょっと忘れてしまった。
こういうお店が近くにあったらいいなあ。
でも、うちの辺りではこんな上品なところに来るお客さんあんまりいないかも。
ずっとしゃべったせいで、
ランチを食べ終わるのに二時間たっぷりかかった私たちでした。

友人はその後用事があったので、
マリオンの近くまで連れて行ってもらい、
私一人でデパートをぶらぶら。
買わないつもりだったんだけど、
つい、カットそーを一枚買っちゃった。
突然涼しくなって、何着ようか悩んでいたし、
お値段的にもお手頃だったので。

靴売り場をのぞいたら、もうブーツが勢ぞろい。
夏の暑い時でも、たまにブーツ履いてる若い子を見たし、
流行とはいえ、若い子は偉いなあと尊敬。

その後、夕方一人と待ち合わせをしていて、
その時間まで本を読みながらお茶してた。
それから、地下道を乗る線の改札までかなり歩いて移動。
ずっと何気に思いショルダーをかけていたせいか、
今日は背中が痛い。
仕事が終わったら(まだ仕事中)、早く帰ってお風呂入って寝ようっと。

楽しかったけど、最後はちょっと疲れた一日でした。
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