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2010-02-20 13:46 | カテゴリ:日々のこと
昨日はちょっと忙しい一日だった。
打ち合わせが三つ。
最後のは、夕方、個人的にも親しくなった人たちだった。

仕事が終わってから、会社の近くのもんじゃ屋さんへ。
ここは私が子供の頃から食べに来ていて、
この知り合いたちも気に行ってくれたお店。
素朴な味と安さがいいかな。
生姜もんじゃ、餅チーズもんじゃ、生いかもんじゃ、
牛天(これはお好み焼きみたいなもの)、
それから。。。忘れた。
皆はビール、私はいつものラムネ(^^)
ガラスの瓶で、なつかしい。
この人たちが父を気に行ってくれているので、
父親も一緒に連れて行ったのだが、
もんじゃを食べる度に、
「私が子供の頃はこういうのはなくてね。
屋台で牛天なんかを焼いてもらって食べたんですよ」
以前から何度も聞かされている話をまたする。
それも、一度ではなくて、4回か5回。。。
それを毎回ニコニコしながら聞いてくれる。
うーーー、何ていい人たちなんだろ。
私は父にイライラしつつ、心の中で3人に感謝。

さて、お腹が一杯になって、次はカラオケに移動。
○門のカラオケボックスに。
お店に入って、人数を言う。
「会員の方ですか?」
「いえ、違いますけど。」
「会員だと、料金が安くなります。すぐに会員証を作れますから。」
と言われ、行きがかり上、そこの会員になってしまった。
私はそんなにカラオケボックス来ないんだけどな。。。
部屋に入って、こんなものを発見。




携帯で撮ったので、読みにくいでしょうけど、
何とか読んでください。
こんなこと書いてあるとこって初めてだわ。
私たちが入ったのはそこそこ広い部屋だったから、
100万近いのかも。。。
すごい!
でも、別に何の変哲もないフツーの部屋だったけど。。。
「ブラックライト」というのも、よくわからなかったし。
余程、部屋を汚されたことがあったのかな。

さて、カラオケが大好きなうちの父親。
何故か、自分の好きな歌だけはちゃんと音について行ける。
80を過ぎた年寄りにしては、ナカナカかも。
私はレパートリーをだいたい知ってるけど、
本人の希望を聞きながら、
でも、勝手に入れて本人が忘れている歌を歌わせてみたり。。。
まずは演歌を何曲か。
父は若い頃、一時期、英会話を習っていたらしい。
それで、私が子供の頃に、
クリスマスに歌ってくれた「ホワイトクリスマス」とか「聖夜」とか、
英語バージョンで歌わせた。
老人に親切な三人は、父の歌も全て褒めてくれる。
本当にありがたいねえ。
そして、その後もいくつか英語の曲が続いた。
私も、カー○ン○ーズのを1曲だけ。。。
お耳汚しでしたわ。

父を除いても平均年齢が決して低くない残り4人。
その後、私が中学生の頃に流行った歌を入れ始めた。
私も調子に乗って、天○真○とか南○織とか、
ちらっと歌ってしまった。
何十年ぶりだろう。。。
歌えるのが自分でも不思議だわ。
若い頃の記憶って、一生残るのかな。
長生きして、大昔の歌を歌っている自分をふと想像。。。
怖い(^^;

結局、約3時間、おしゃべりしながら歌っていた。
演歌に英語の歌に、それから天○真○って、
一体どんな集団だ!?

でも、一時的に昔に帰れたし、楽しかった。
父もたぶん楽しんだと思うし、
まあ、途中いろんなハプニングはあったんですけどね。
最後も、思わずズッコケさせられたり。
二人で来ればいいのにって言われたけど、
父と私だけでは無理です!
私がどこかでブチ切れそう。
だから、全てを許してくれるクッション役の人たちに感謝です。

   ~~~~~~~~

今日は、父はさっき弟のところへお泊りに行ったの。
私は、仕事をしながらも少しのんびり気分。
行くまでにも、すったもんだしたんだけどね。
行ってしまえば、やれやれ。
毎週末行ってくれると嬉しいんだけど。。。
まあ、とりあえずは「今」をゆっくりします。


毎回、長くてすみませんですm(_)m
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2010-02-15 14:18 | カテゴリ:日々のこと
何だか、疲れちゃった。
いろいろありすぎて。。。
仕事のこと、自分の病気、それから父親のこと、その他諸々。。。

昨日は、仕事が休みだったから、一日うちにこもってた。
冬ごもり。。。クマみたい(-_-;)
お天気良かったけど、どこにも行く気がしなかった。

うちは自営だから、話がややこしい。
従業員の人たちにとっては、
一応社長になってる父には逆らえない。
だから、無茶苦茶言ってもその通りにすることになる。
でも、仕事としてはそれでは困るし、
取引先にも迷惑がかかることもある。
父にいろいろ言えるのは、身内である私だけ。
言うと、そこで喧嘩になる。
ついこの間も、私がひかなかったから大喧嘩になった。
忘れっぽいのもどんどんひどくなってるし、
弟に少し助けてほしいというのだけど、
向こうはうまく逃げている。
というか、断固として自分の家庭を守るという決意のみ伝わる。
父親や姉は、貴方にとって何番目の存在ですか?
ひょっとして、100番目くらい?
と言っても、弟に取って今の状態が永遠に続くわけではない。
年老いて、もし一人になったら、何を思うのだろうか?
ま、勝手なお世話だけどさ。

自分がいなくちゃこの会社はうまく回らない!
と父が信じているから、たぶん今の程度でいるのだと思う。
デイケアの日数を増やすことは、そのプライドを傷付けそうな気がする。
その辺は、長年一緒にいる私の感覚なんだけど。
こういうことは離れて暮らす人にはわからないんだろうね。
例え、兄弟でも。

      ~~~~~~~~~~~~~~

今朝は早めに会社にきた。
うっかり、早めの時間に打ち合わせを決めてしまった。
時間になっても相手が来ない。
10分過ぎても、15分過ぎても。。。
私が時間を間違えたのだろうか?
先方の会社に電話をしてみる。
当然、本人はいなかった。
私が用件を話すと、
「早速本人と連絡を取ってみます。お気遣い有難うございました」
別に気遣っていないから。怒ってるんだから。

本人から連絡が入った。
「今日の打ち合わせ、何時でしたかしら?」と私。
「○○時です」
「もう過ぎていますけど」
「済みません、道路が混んじゃって」
「遅刻する場合は、電話連絡するのが当然でしょ!」
「はい、申し訳ありません」
言えばわかるんだろうけど、
言われる前にやるのが当然だろうが。
他社の社員に、そこまで丁寧に教える義務はない。
で、名刺を良く見たら、肩書きは「取締役」だった。
若く見えるけど、そうでもないのかも。
敬語の使い方も変だし、学校行ったの?
お客さんを待たせるなんて、最悪のことなのに。
何でわからないかな。。。
お願いだから、朝から私をイライラさせないでほしい。

春まで、いや五月の連休明けまで、
冬眠したい気分。
どこかに逃避行しようかな。。。



書いてみただけだから、
たぶん、逃避行はできないから、
スルーしてくださいm(_)m

でも、二泊くらいどこかに泊まりに行きたいな。
目指せ、日常生活からの脱却!ストレスのない生活!





2010020817050000.jpg


一週間くらい前のタワーの写真。
携帯に収まりきれなくなってきた。。。
今は、300メートル弱らしい。
この倍以上って、想像できない高さですわ。
2010-02-05 13:29 | カテゴリ:乳癌
最近病気ネタが多くなってます。
先月の肋間神経痛以後は、普通に暮らしているし、
仕事もしてるんだけどね。

で、一昨日の水曜日は通院日だった。
乳腺化療、緩和ケア、支援センター、それからゾメタの点滴。
緩和に行き始めたのは去年の終わりからで、
私は予約が入っていたことをすっかり忘れてた。
で、いつものように乳腺のところで待っていた。

そしたら、いつもより早くピッチが鳴った。
早っ!と思ったら、乳腺ではなくて緩和ケア。
ちなみにこの間も書いたけど、
乳腺は二階で、緩和ケアは一階。
それもエスカレーターの位置の問題で、
急ぎの時は結構遠く感じる。
まず、中待ちに呼ばれて、移動中に診察室へ呼ばれた。
とりあえず、確認ボタンだけ押して、
焦って1階の奥にある緩和に急ぐ。
最後は走ったよ!

やっと緩和にたどり着いて、ふうふう言いながら椅子に座る。
前回も思ったけど、緩和の主治医は癒し系だわ~。
ホントに話し方から全てが穏やかで優しい。
「薬の副作用はどうですか?」
「今のところは出てません。私、前のCAFの時も脱毛以外は大丈夫でした。」
「骨髄が強いんですね」
「骨髄なんですか?私は末梢血管がダメになるのかと思ってました」
「いえ、そうではないんですよ」
そうなんだ、キーワードは骨髄なんだ。
強い骨髄をくれた親に感謝すべきだね。

先月、乳腺の主治医から余命二年と言われたことを話した。
「先生、余命宣告するにしても、もう少し情のある話し方があると思うんです。
単に言うだけではなく、新薬も開発されるだろうから頑張りましょうとか」
「そうですよ、ジェムサール?という薬も承認されて使えるようになりましたよ」
「そうなんですか。使える抗がん剤が増えたんですね」
それから、ワクチンのことも聞いてみた。
ここの病院にいた先生が、他の病院に移ってワクチンを使って治療していることを聞いていたから。
「ワクチンはね・・・まだ効果はあまり期待できないようです」
「そうなんですか」ちょっとがっかり。
「○○先生も、ワクチンと抗がん剤の併用で治療されているようですよ。」
「薬や治療法は研究されているし、まだまだばななさんは大丈夫、一緒に頑張りましょう」
「はい、ありがとうございます」
と言いながら、心の中では、
「そうだよ、そういう風に励ましてくれるのがホントのお医者さんだよ!」
と思ってた。

がんが見付かって八年目になるけど、
私は最初から骨転移していたこともあって、いろいろな科にかかったから、
いろいろなお医者さんに出会う機会があった。
医者と一口に言っても、人間だからいろいろな人がいる。
それは当然のことだろうが、でも、患者としてはやりきれない時もある。
医学部は理系になるが、これもどうだろうと最近思う。
医者になるには、文系の学問も必要ではないだろうか?
例えば、専門的な勉強を始める前に、
人として大事なことを学ぶことも必要だと思う。
命のことに携わる仕事をするのだから。
そして、患者の身になって治療法を探すこと、考えること、
それが出来るお医者さんが増えて欲しい。
相手の身になって考えること、それは医者だけでなく、全ての人にもいえることなのだろうが。

少し前にボスと話した時に、
「あの事件の時に、ばななさんに対する見方が変わったんだよ」
私は、整形では結構いろいろ言いたいことを言っていたから、
最初、どの事件?だか分からなかったのだが、
「わかった、△△先生の事件でしょ!」
「そうそう、あれ」
このことは前にも書いたかもしれないけど、
もう一度簡単に説明すると、
ある整形に入院中の土曜日の朝、△△先生が私のところにやってきた。
その前々日に撮ったCTの写真を持っていた。
私は、前日の金曜日にその結果を聞いていて、何ともないと言われていた。
それが、そのCTの写真を見せながら、
「ばななさん、頭のこの辺にね、何かあるんですよ」
「えっ!」
「でも、まあ、大したことはないから・・・」
そういいながら、その写真を丸めながら、どこかへ去ってしまった。
私としては、その話をもっと詳しく聞きたい。
「私の頭が一体どうしたというわけ???」
でも、△△先生はどこにも見付からない。
結局、その日も、次の日も会えなかった。

土曜日はどんどん不安が募る。
同じ部屋の患者さんに話して、「心配だね」と言われて、
でも、誰も何も出来ない。
日曜になって、私の不安はとうとう怒りに変わった。
何で、何で、当直の若い先生しかいない週末にそういう話をするわけ?
何で、月曜の朝まで待ってくれないの?
そんなことを言われて、その後何の説明もなかったら、
素人の患者がどれだけ不安に思うか、想像できないのか!
あんたはそんなに馬鹿なのか!
日曜日はそんなに忙しくないから、
検温に回ってきた看護婦さんにも訴えて、
「確かにばななさんの言うこと、わかるわ」
と言われても、とにかく何だか分からないから不安は消えない。
とにかく、言われたのは「頭」なんだから。

二晩、よく眠れないまま、やっと月曜日の朝になった。
ここの整形では、朝ごはんの頃に先生方が朝の挨拶に来てくれる。
手術をしたばかりの人や、抗がん剤治療中人の様子を見るということもあるのだろうけど。
私は、この挨拶の時に直訴をした。
「終わったら、お話したいことがあるので面談室の前でお待ちしてます」
と、当時まだ部長だったボスに言った。
「朝から一体どうしたんたんだよ」
とぶつぶつ言いながら、それでもボスは着てくれた。
あっ、当事者の△△先生も同席してもらったんだ。
本当はボスに同席してもらったという言い方の法が正しいかな。
ボスは何にもしてないけど、△△先生では私の言うことが理解できないと思ったの。
面談室で、私は二人に全部ぶちまけた。
で、ボスは謝ってくれたけど、△△先生には私の気持ちはやはり理解できなかった。
「ほら、君も謝りなさい」とボスに言われ、頭を下げただけ。
これは、医者としてというより、人としての問題だと思う。
本人の性格なのか、家庭教育なのか、道徳教育なのか、全部がからんでいるのか、
なんだか分からないけど、どうにかして欲しいと思うよ。

緩和ケアのところから、話がかなり逸れてしまった。
そうそう、それで緩和ケアは次回の予約を決めて終わった。
その次は、すぐに支援センターの診察みたいのがある。
で、私はそのまま中待ちで待っていた。
でも、5分経っても10分経っても呼ばれない。
乳腺も中待ちに呼ばれている。
で、自己判断で乳腺の中待ちに行った。
中待ちに座ったらすぐに、支援センターからお呼びがかかった。
でも、乳腺でもそろそろ診察室に呼ばれるだろう。
乳腺の受付の人に相談したら、支援センターに行くように言われた。
で、また、急いで支援センターへ。
ここでは大した話はない。
だって、まだ入院するほどではないし。
で、ちょっとだけ話したら、乳腺から呼ばれた。
「急いで行ってください」と支援センターの先生。
今、ここにいますから、と乳腺に連絡してくれてもいいじゃんと思ったけど、
いえる雰囲気ではないし、また急いで二階へ行く。
乳腺についた時は、また息が荒くなったいた。

ここの病院、パソコンでやってる割には、科と違う科との連絡が悪い。
テナントじゃないけど、それぞれの科の病院が集まってるだけみたいに感じる時もある。
チーム医療って書いてあるけど、それは科の中だけみたい。
乳腺では、手を見せて、白血球の数値をみて終わり。
三分もいなかったかも。
で、そこからひたすら待って、点滴をして帰ってきた。

今日は文句ばっかりになっちゃった。
でも、患者なんだから、病人なんだから、
症状以外の負担はなるべく減らしてほしいと思う。
帰りに投書して来ようと思ってたけど、
疲れてそのまま帰って来ちゃった。
毎回こんな忙しい思いをしているのは、私だけなのかな。

長々と書いてしまってごめんなさい。
最後まで読んでくれてありがとうございました。m(_)m
2010-02-01 17:16 | カテゴリ:日々のこと
今年は、年明けから肋間神経痛で苦しんだり、
ホントに仕事の面でも嫌な思いをすることが多かった。
それで、冗談で厄払いでもしてもらおうかな、なんて言ってた。
土曜日の晩に、ふと厄除けのことを思い出した。
ネットで検索したら、近いところの神社を発見。
で、昨日一月最後の日に厄除けに行ってきた。
場所は、銭形平次の住まいの近く。
ルパン三世に出てくる銭形警部のおじいちゃんね。
と言っても、わからないかな。
まあ、結構有名な神社です。

私は午後一くらいで行ったのだけれど、
参拝の人の多さにびっくり。
実はデジカメもっていったけど、
バッテリー切れだった。
私のは古いから、電池が必要なの。
で、またもや写真はありません。

お参りするところまで、かなり並んでた。
私の後ろに来た人が、
「これは参拝の列ですよね?」
「そうだと思います。私もたくさん並んでいるのでびっくりしました」
「今日は、何かある日なのかしらね?」
「どうなんでしょうね」
そんな会話をしていたら、列は前に進み始めて、
無事にお参りできた。

私は、厄除けの祈祷を頼みたかったので、
お守りを売っているところで聞いたら、
中に受付があるとのこと。
住所や名前を書いて、初穂料(っていうのね)をおさめて、
あとは前の人たちが終わるのを待つ。
終わって次かな、と思ったら、
家族だけで御祈祷の組があった。
毎年来ているらしく、係の人とも親しそう。
隣に立ってる女の子二人が話している。
「あの人たち、二十万くらい払っているんじゃない?」
お金持ちの一家で、中小企業の社長一家かな。
いただいていた、お札とかの一式が後で頂いた私たちのとは確かに違った。

さて、やっと私たちの番になった。
厄除けをお願いした人たちは、白い布の裃みたいのを身につける。
そして、一番前の列に座るように言われた。
御祈祷は15分くらいだっただろうか。
何となく厳粛な気持ちになる。
終わってからお札を頂いた。
神社の中が暗かったせいか、お天気がよくて外が明るかったせいか、
外に出たらすごくすっきりした気分になった。

帰りは鳥居の脇の甘酒屋さんで甘酒を飲んだ。
体があたたまっておいしかった。
お土産にも一つ買ってきた。
お店の中に写真があったのだが、
甘さけの麹は地下のムロで作っているそうだ。
その麹で、お味噌や納豆も作っているとか。
今度はお味噌を買ってみようかな。

今週は、また通院日。
先週から休薬期間に入っているからちょっと気が楽だけど、
また、薬を飲み始めることになる。
ゼローダを飲み始めてひと月経つけど、
手足に副作用が出てないのが本当にありがたい。
このまま無事に行けますように。
今月は、いいことがあるといいな。
旅行とか、考えてみるだけでも楽しいし。
ちょっとワクワクしてます♪
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