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2008-09-28 15:21 | カテゴリ:乳癌
前回から、また間が空いてしまいました。
今週は仕事と、父の通院の付き添いでめちゃ忙しかった。
おまけに、通院のあと、父が携帯がない!って。
三時間くらいあちこち探して、外にも探しに行った。
結局、父の部屋の引き出しに入ってたの!
仕事と自分の病気で私は手一杯、
どんどん忘れっぽくなる父に、優しい言葉をかける気持ちのゆとりなんかないし。
最近ますます、険悪なムードになってます

さて、3年くらい前に戻ります。
退院して、その後は抗がん剤治療が始まりました。
二週間、週に一度通院して、三週目は休みというスケジュールでした。
1回目は入院してやったから、
これが二回目。
通院になっても、やっぱり吐き気はない。
倦怠感とか、いろんな副作用が全く出ない!
周りからは、人間じゃない、と言われた。。。

ただ、ひとつだけ。
白血球の数値の問題。
これは、入院中はミニ隔離になるくらいどっと下がった私。
アドリアの量を減らしたけど、
白血球はやっぱり少ない。
1000台なの。
少ないと抗がん剤の点滴が出来なくて、
二回くらい、そのまま帰った。
私、何しにきたんだろ?
おまけに、主治医の診察を受けるまで3時間位は待つし。
二回もすっぽかされて?、私も考えた。
「先生、一週間じゃなくて、二週間空けて貰えませんか?」
主治医も、実際点滴が出来ないんだから、否とはいえない。
で、二週間点滴、二週間休みということになった。

さて、消化器系の副作用は出なかったが、
三週間目にやはり来た。
髪の毛がどんどん抜け始めた。
一応、短めに切っておいたけど、
ばさばさ抜けていく。
朝起きたら、まずコロコロで枕掃除が最初の仕事。
1回じゃ足りなくて、二度は当たり前。
それでも、3分後背中や肩にかなりの髪の毛がついている。
動くと抜け毛を撒いて歩くことになる。
お風呂で髪を洗うと、またごっそり。。。
一週間か十日かかって、9割が抜けた。
後の一割は残った。
短いのやら長いのやら、まるで落ち武者だよ~~~
尼さんにでもなるのならともかく、
こんなことで禿げるのは嫌だ。
お風呂では鏡をなるべく避けた。
それでも、狭いお風呂場だから、ちらっと見えてしまう。
悲しかった。

仕事もあるし、客商売だから、帽子では仕事は出来ない。
カツラを買うにしても、自毛でないことがバレテは困る。
病院に医療用カツラ屋さんのパンフが何社か置いてある。
その中の一社を選び、電話をして、来てもらった。
本物に近いカツラはかなり高かったが、仕方ない。
お客さんにカツラだってバレルの絶対に嫌だもん。
ただ、お財布的には、かなり辛かった

抗がん剤は、アドリアの量が6割になったので、
10回で終わる筈が、14回まで続いた。
それまで、特に教えて貰わなかったので知らなかったのだが、
抗がん剤を始める頃の私の腫瘍マーカーは、
CA15の方だろうか、何と500近くあった。
それが、抗がん剤の点滴の度にどんどん下がって、
最終的に許容範囲内に落ち着いた。
そして、そのまま数値を維持していた。
一昨年の4月に始まったCAFは、
去年の初夏にやっと終わった。

そろそろ最終回という頃になって、
その後の治療が気になり始めた。
症状がないのならいいけど、
現実に骨盤や右足の付け根には癌がある。
我慢出来る痛みだが、治ってはいないのだ。
この後はまた抗がん剤なのかな?
多分そうだろうな。
嫌だな、また禿げたり、タキサン系は爪に副作用が出るという話も聞いているし、
またそういう思いをするのかな。。。
出来たら、したくないよ~~~~~。

13回目の時にその後のことについて聞きたかったのだか、
聞けなかった。
この乳腺化療の主治医は、どうも苦手だ。
で、最後の時に、やっと聞いてみた。
そしたら、マーカーは落ち着いているし、
ゼローダ(口から飲む抗がん剤)かアロマシン(ホルモン剤)
のどちらかを選んでいいとのこと。
ゼローダに関しては、ちょっと調べてあった。
手足の爪とかに副作用が出る可能性があるとか。
違ったかな。
いくら副作用があまり出ないと言っても、
髪の毛にしろ、私の体は抗がん剤に痛めつけられていることは確かだ。
一瞬迷ったが、しばらく体を休ませたくて、アロマシンを選んだ。

それ以後、ずっとアロマシンを飲み続けている。
アロマシンも、私は殆ど副作用が出ないのだが、
唯一、朝起きた時手がこわばる。痛みも少しある。
30分位で自然に消えているのだが。
このくらいで済んでいるのは、いい方だろうと思う。
点滴はCAFは終わったが、
骨転移しているから、抗がん剤治療が始まる前から、
アレディア、そしてその後ゾメタに変わり、
今も約ひと月の通院の度に、ゾメタの点滴をする。
これは15分で終わってしまうので、
一眠りする時間がないのがちょっと残念(笑)

細かい部分はバンバン飛ばして、何とか現在に追いついた。
抜かしてしまった、細かい部分はまた後で書くとして、
とりあえず、これでシリーズは終わり。
これからは、現在のことを書いて行きます。
かなりおバカなブログになりそうだけど。。。
これからもどうぞよろしくです。
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2008-09-15 19:18 | カテゴリ:乳癌
一昨日、昨日は、近くの神社のお祭りだった。
今年は大祭ではないけど、
うちの町会はお祭り好きが多いから、
お神輿も大きいし、お祭りには毎年力が入る。
夜は盆踊りもあって、
子供の頃は二日間、朝から晩までお祭り一色だった。
それに、お菓子とかジュースとか梨とか沢山貰って、
しばらくはおやつに不自由しなかったっけ。
今の仕事を始めてからは、週末も祭日もお休みは取れなくなった。
お神輿を担ぐ威勢のいい掛け声が聞こえてきても、
見に行くことも出来ない。
事務所にいないと仕事が出来ないから。
つまんなーーーーーーい。
ま、仕方が無いけどさ。
   ~~~~~~~
では、また入院中の話に戻ります。
そうそう、またちょっと勘違いを発見。
前回、二月の初めに入院て書いたけど、
入院したのは、二月の二十日過ぎだった。
ふと考えたの。
二月の初めに入院して、
放射線治療は長くても3週間、
その後、私病院でなにしてたんだろ???
それで勘違いを発見。
     ~~~~~
面白い(かな?)話を一つ。
その頃、父の持病の治療で、
私は付き添いで一緒に病院へ行ってたの。
それで、入院の前の週にたまたま父の通院日があったの。
二週間後に来てくださいって言われて、
私、来週からしばらく入院するので、今度は多分弟が来ますって言ったら、
「ご病気なんですか?」って聞かれた。
「はい、癌なんです」
「えっ、それは大変ですよ!」と真顔で言う。
「でも、今は痛いだけですから」と私。
「いや、大変なことです!」
「まあ、そうですねえ」
変な会話。医者と患者の発言が逆じゃん!
話は、そこで終わって帰って来たが、
診察室を出た途端、噴出しそうになった。
あの先生、もし自分が癌になったら、
聞いただけで死ぬかも、って思った。
たぶん、とってもデリケートな性格なのね。
今思い出してもおかしい
     ~~~~~~
さて、放射線治療は無事に終わった。
私の場合、ホルモン療法もそうだが、
放射線治療も、色が変わるくらいで副作用は殆ど出ない。
そして、その後乳腺の病棟にお引っ越した。
引っ越してびっくり。
乳腺外来があんなに混んでいるから、
病棟もさぞ満室だろうと思っていたら。。。
私が入った部屋は二人しかいなかった。
その二人の内、一人はその日に退院した。
で、私を入れて二人だけ。
荷物を片付けてから散歩したら、
他の部屋もあまり変わらないようだ。
空きベッドが多い。
乳腺って、こんなに空いてるの?嘘みたい!
しばらく、いつも二人の日々が続いた。
一人が入院すると、他の人が退院する。
一晩だけ、私一人の時もあり、さびしかった。
後で理由がわかった。
乳腺の患者さんは、お母さんが多い。
乳癌の手術など、子供の学校の予定に合わせて決めるそうだ。
私が乳腺に入院したのは、三月の下旬、春休みの頃だ。
卒業式、入学式で忙しいお母さんが多いのだろう。
実際、四月の二週目に入ったら、
病室は満室になってしまった。
     ~~~~~
さて、初めての抗がん剤治療が始まった。
CAF、エンドキサン、アドレア、5Fuの三種類だった。
まず、一週目に三種類入れる。
それから、二週目に5Fuだけもう一度入れる。
それで、一週間様子をみて、何ともなければ退院のよていだった。
私が一番恐れたのは吐き気、
トイレに閉じこもるのが怖かった。
とりあえず、点滴開始。
抗がん剤の前に、吐き気止めの薬を入れる。
私は元々血管が細い。
多少苦労して、それでも無事に針が入った。
あとは、何もすることがない。
私は、少しでも早く抗がん剤を体外に出したくて、
2Lのペットボトルの水を置いて、
点滴の最中せっせと飲んでいた。
二時間位で、点滴終了。
とりあえず、気分に変化はない。
食事の時は、大量の吐き気止めとか胃薬とか、処方された。
11粒位飲んだ記憶がある。
看護婦さんが、毎回1回分ずつ持ってきてくれる。
     ~~~~~~
気持ち悪さはないが、やはり食べるのは怖い。
どうしようか、迷っていた。
でも、何ともないし、いいや、食べちゃえ。
全部食べるのはためらわれたので、半分くらいにした。
病棟の主治医が様子を見に来た。
「どうですか?」
「今のところ、何ともないです」
「その調子で頑張ってね」
「はい」
私的には、まだ不安だ。
夜中に吐き気が来るんじゃないかとか、いろいろ考える。
でも、次の朝まで普通に寝られた。
     ~~~~~~
次の朝、また朝食が来た。
気分は何ともない。
三分の二くらい、食べてみた。
食べている時に、主治医がやってきた。
食べている私を見て、一言、
「大丈夫ね、これなら吐き気は出ないと思うわ」
「そうですか^~?」
まだ半信半疑の私。
整形に入院していた時に散々見た、
抗がん剤イコール吐き気、の図式が頭から離れない。
でも、大丈夫なのかなあ???
まだ抗がん剤が残ってる可能性はあるから、
水はせっせと飲む。
おいしいお水を買って持ってきたので、
お水がすいすい喉を通っていく。
     ~~~~~
二日目、いや、三日目か、も何ともない。
「これなら大丈夫よ」と、太鼓判を押された。
私は、嬉しいより、一安心。
やることがないから、院内を探検し始めた。
入院するのは初めてじゃないけどさ。
整形外科の病棟を覗いてみたら、
知り合いになった子がまだ入院していた。
それ以来、毎日遊びに行っていた。
その子は足の腫瘍の手術をしているから、
多少足が不自由なので、私が行く方が早い。
二人でおしゃべりして、結構楽しく過ごしていた。
     ~~~~~
さて、二週目にもう一度5Fuを点滴で。
一種類だから、すぐに終わった。
また、ご飯の時が心配。
でも、やっぱり、気分は何ともない。
ホントに大丈夫なのかな~?
大丈夫だったらいいなあ。。。
結局、本当に何ともなかったっす。
良かった。
     ~~~~~
アドレアのせいなのか、
点滴後二週間後に八卦旧が一番下がるらしい。
だから、CAFの場合は三週目はお休みになる。
さて、二週間後の水曜日の朝までは何ともなかった。
診察に来た主治医、「これなら明日退院できるわね」
と帰って行った。
いやいや、私の場合はこれからなんですよ。
ちょっと副作用の出方が変わってる。
私の性格の問題???
   ~~~~~
明日は退院となった水曜日の午後、
手が何となく熱っぽい。
体温を測ったら、7度少しある。
勘だけど、これから上がりそうな気がする。
風邪かな。
一時間後に計ったら、8度に上がっていた。
採血をされた。
どうも、白血球が減ったらしい。
結果が出て聞いたら、私の白血球は、たったの400だった
あの、1,400ですか?って聞いたら、
いえ、400です。
えーーーーーー!嘘みたーーーーい!
普通は、6,000から8,000あるのが、
たったの400、あり得ないよ。
免疫がさがっているので、早速、ミニ隔離となった。
      ~~~~~
ちゃんとした隔離室ではなくて、
ベッドをjカーテンで仕切られ、カーテンの中に入る人は
手を消毒する。
たまたま友達が遊びに来てくれた。
私は、自慢じゃないけど、熱にはわりと強い。
だから、8度あるのに、友達とおしゃべりしてた。
寝た方がいいよ、と言われても、
だいじょぶ、だいじょぶと言って、
かれこれ1時間位おしゃべりして、大笑いした。
その晩からの食事が面倒だた。
私の通っている病院には、抗がん剤治療用の食事がある。
冷たいうどんとか、ヨーグルト、果物、などなど。
でも、私は免疫が低いから、菌のあるものは禁止。
果物は生ものでダメ、ヨーグルトは菌があるからダメ、
うどんはそんなに食べたいと思わなかったから、パス。
結局、普通食になった。
私は隔離されてるから、納豆を買って来て欲しいと頼んだら、
納豆も菌だからダメだって。。。
昼間はそこそこ元気だったけど、熱のせいで口がまずい。
夕飯はあまり食べずに残した。
     ~~~~~~
やることもあまりないから、早めに寝た。
そしたら、10時ごろ、何人かがどやどややってきた。
眠っていた時だったから、訳がわからなかったんだけど、
先生と看護婦さんだった。
抗生物質の点滴をするらしい。
夜中にやるな!気持ちよく寝てたのに。
昼間やってくれればいいのにじゃん。
白血球の数値を上げる注射というのも打った。
すべて終わってやっと開放された、やれやれ。
隔離生活は一週間続いた。
どこにも行けないし、食べられないものばっかりだし、
さすがに飽きてしまった。
毎日抗生物質の点滴と白血球を上げる注射をした。
そして、毎日採血もする。
一週間後、やっと白血球が2000台に復活した。
熱も下がってきた。
     ~~~~~
カーテンは開けてもらえたけど、すぐに院内散歩の許可は出ないだろう。
でも、下のコンビニに買い物に行きたい!
ちょっと考えて、下に行かなくてはならない理由を作った。
お金を下ろしたいので、1Fに行きたいんですけど。
仕方ないわね、
ということで、院内に飛び出した私。
コンビニに行って、それから整形の友達ともおしゃべりして、
やっと生き返って病室へ帰った。
次の日、一日様子をみて、
その次の日にやっと退院出来たのでした。
吐き気は一度もなかったけど、
変な副作用が出るのでは?という私の不安は見事に当たった。
白血球も入院していたからすぐに手当てをしてもらえた。
やっぱり、入院してよかったわ。
二回目からは通院でやることになった抗がん剤点滴、
アレディアは、普通の量の6割になった。
     ~~~~~
長くなったから、今日はここまで。
疲れた。
    ~~~
つづく

2008-09-07 00:08 | カテゴリ:乳癌
ちょっと間が空いちゃいました。
前回書いたのは、勘違いだったのがわかって、
どう説明しようか、悩んでました。
       ~~~~~~
前回、頭の髄膜に転移があることが判明したと書いたのですが、
それは、もう少し後のころでした。
最初の手術後、二、三度入院したので、
記憶がぼやけてきてるみたい。
ボケて来た???
そうかも。。。
やっぱり、その時に書いておけばよかったと、
今になって悔やんでいます。
      ~~~~~~~
後悔は横に置いて、
あの時に問題になったのは、
腫瘍マーカーが上がっていることでした。
それとは別に、私が整形のボスの診察を受けて、
今度は右の股関節が痛いと言って、レントゲンを撮ったら、
骨盤と背骨にまた転移があるという話。
それも、いくつかあるそうで、
また放射線治療になりました。
       ~~~~~~~  
だから、もう一度説明すると、
この時の放射線治療は、整形外科からの依頼でやったわけです。
放射線科の先生とは話していません。
     ~~~~~~~
その時の方が、痛みは大きかった気がする。
また、入院させて欲しいとボスに懇願。
仕方がないなあ、とは言わなかったけど、
放射線て、入院しなくても出来るんだよっていわれた。
だってさあ、痛いし、でもうちにいると動かなくちゃいけないじゃん。
だから、入院したいんですよ、センセ、お願い。
って、目をウルウルさせながら頼んだ
わけじゃないけど、
じゃあ、いいよ、って感じで入院させて貰った。
わーい!
入院大好きってわけじゃないけど、(ホントは結構好きかも。。。)
仕事も私が留守の間どうなるか、心配だけど、
一人暮らしだから、
(住民票ではね、実際は半分以上父親と暮らしてる感じ)
ダンナや子供の生活が心配ってことはない。
上膳据え膳は結構嬉しいし、
整形の先生や看護婦さん達とおしゃべり出来るのも楽しみ。
普段は家に帰ると一人だから。
そう、ワタシ、結構寂しい生活をしてます。
と言っても、仕事柄帰るのが遅いことが多いし、
帰ったらお風呂入って洗濯して、ちょっとテレビ見て寝るだけだから、
寂しさを感じてるヒマもあまりないんだけど。
      ~~~~~~~
ということで、また入院とあいなりました。
前回書くのを忘れたけど、
って言うか、後から思い出したんだけど、
新しい骨転移が見つかったことで、
ノルバが効いてないということになり、
ホルモン剤がアリミデックスに変更。
リュープリンの注射も要らなくなった。
この時の乳腺化療の主治医の話では、
アリミデックスを三ヶ月試してみて、
効かないようなら抗がん剤治療に替えましょうとのことだった。
げっ、抗がん剤。。。あんましやりたくない。
アリさん、何とか効いて、お願いって気分だった。
でも、アリさんはキャサリンをやっつけてはくれなかった。
      ~~~~~~~
で、放射線治療と相成った。
説明が前後してスミマセンです。
放射線はまた14回、但し月~金だから、
三週間位の入院になる。
二月の初めに入院した。
この時も、確か個室だった。
多少無理を言ってるのは分かってるから、
仕方ないんだけど、高いよねえ、個室は。
      ~~~~~~~
入院中に事件が一つ。
な、なんと、ベッドから落っこちたんです、ワタシめが。
何日目か忘れたけど、
お昼を食べ終わって、ティッシュを取ろうとした。
いつも行事?だった。
ただ、その時は、あとちょっとなのにティッシュの箱に手が届かない。
あとちょっと、もうちょい、とやってたら、
次の瞬間、床に落ちてた
どちらかの腰を思いっきり打った。
痛かった。少しの間、声も出なかった。
痛い。ちょっとうーっとうなっていたけど、
(こういう時は、個室は不便ね)
とにかく、どうにかしなくちゃ。
でも、動けない。
そうだ、ナースコールを押そう!
      ~~~~~~~
痛いのを我慢して、少しずつ手と体を伸ばして、ナースコールのボタンに近づく。
やっと、手が届いた。
痛みで冷や汗が出てきた。
「ばななですけど。。。」
「はーい、どうしました?」のんびりした声が聞こえてくる。
まあ、私は生きるか死ぬかって状態じゃないしね。
「あの、ベッドから落ちちゃったんです~」
「えーっ!すぐ行きます」
看護婦さんが二、三人、飛んできてくれた。
若い先生もやって来た。
「大丈夫?立てるかな?」
「痛いけど、たってみます」
その頃には少し痛みがひいていた。
それでも、看護婦さんに助けて貰って、何とか立ち上がった。
      ~~~~~~~
骨折していると、すぐに腫れてくるらしい。
腫れはない。
でも、念のためにレントゲンを撮ることになった。
車椅子に乗せられた。
結構、恥ずかしかった。
入院患者だし、車椅子に乗るのは普通なのだが、
何となくね。
それに、最初の入院の時、車椅子で走り回っていたから、
押してもらうと、すっごい重症患者になった気がする。
     ~~~~~~~
レントゲン室に着いた。
いつものレントゲンのおじさんがいた。
「今度はどしたの?ベッドから落ちた?そそっかしいなあ」
はい、スミマセンです、何を言われても仕方ないでございます。
「腫れてないから大丈夫だと思うけど、一応撮ろうね」
ベッドに寝るとき、まだ痛いから苦労した。
      ~~~~~~~
結果は、折れてもないし、ヒビもなかった。
やれやれ。
でも、私より先生や看護婦さんの方がやれやれかも。
ご迷惑をおかけしました。
部屋に帰ると、危ないからと
柵を立てられてしまった。
嫌だけど、仕方がない。
「これからは気をつけてね」
「はい、気をつけます」
とっても素直なワタシ。
仕方ないもんね。
この事件?の噂は、あっという間に広まったらしい。
仲のいい看護婦さんがその日夜勤だった。
夕方、挨拶に来るなり言われた。
「ベッドからおちた患者さんがいるっているから、
どこのお年寄りかと思ったら、ばななさんだったのね」
「はい、面目ないです。」
「大丈夫?」
「まだ痛いから、膏薬貼ってるの」
「うん、それがいいね。これかは気をつけてね」
「はーい」
知ってる看護婦さんだと、返事も冗談ぽく言える。
次の朝の先生方のご挨拶の時も言われた。
「ばななさんもドジなんだねえ」
とか、
「この柵は退院までしてた方がいいね」
とか、
えー、そんな。。。
柵は、二、三日だけ立ててたけど、
その内何気に下ろしちゃった。
ところで、落ちた原因、
私の推測ですが、
いつもよりちょっとだけベッドに左よりに座ってたんだと思う。
だから、右側のベッドサイドテーブルの上に置いたティッシュに、
ちょっとだけ遠かった、それで手が届かなかったんだど思う。
こんなことで大事件に発展するんだから、
考えてみると、怖い!
      ~~~~~~~
ところで、入院中に乳腺化療の診察があった。
三ヶ月、アリミデックスを飲んだけど、
マーカーは下がらない。
抗がん剤治療をしましょう、と言われた。
私の中では、抗がん剤イコール吐き気、脱毛。
えーっ!と思ったけど、
ホルモン剤が効かないんだから仕方が無い。
わかりましたと渋々承知した。
抗がん剤は、放射線治療が終わったら始めることになった。
      ~~~~~~~
ところで、私には妙な体質があるようだ。
ホルモン治療で、いろいろな副作用に悩んでいる患者さんが多いのに、
私は何ともない。
ただ、他の人があまり出ない副作用が出る場合が多い。
それで、抗がん剤の最初の回だけ、
入院させてもらえないと頼んだ。
乳腺病棟はとても混んでいる、と聞いていた。
だから、むりですねえという返事が返って来るものと思っていたら、
「いいですよ」という返事。
えっ、いいんですか?
私は喜んだというよりも、びっくりした。
入院は、放射線の治療が終わる、
三月の後半と決まった。
良かった、これで吐いても安心だわ。
食べられなくても、栄養補給は何かの形でしてくれるだろう。
一人暮らしだし、
実家にいても、父はこういう時は全く当てにならない。
病院にいれば、安心して点滴を受けられる。
とりあえず、安心した私でした。
     ~~~~~~
つづく







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