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2008-08-31 17:01 | カテゴリ:乳癌
やっと仕事が一段落。
まだ五年前に遡って書いているブログをせっせと書かねば。
いや、骨盤の放射線治療をしたのは病院が引っ越してからだから、
もう4年前まで来たんだわ。
よし、頑張って早く「今」に追いつこう!
        ~~~~~~~~
ところで、さっき思いっきり転んでしまった。。。
ちょっと問題が生じて駐車場に行ったの。
で、歩き始めたら、車止めにつまづいた。
一緒にいた人の話では、
私は地面の上にアザラシのようにのけぞったポーズでいたとか。
とても、美しく転んだ、と言われました。
顔を打たないよう、自然にそうしたのかな。
私は、一瞬のことで、何が起きたのか分からなかった。
外傷は大したことないけど、腰が痛いです。
ポーズなんかしちゃったせいかしら。。。
子供の頃はしょっちゅう転んでた。
膝や肘に擦り傷なんていつもあった。
でも、転んで腰が痛いのは今回初めて。
ちょっと、自分のトシを実感してしまったのでした。
      ~~~~~~~
さて、また4年前にワープ。ビュー
放射線治療を受けた後は、しばらく平和な暮らしが続いた。
私は、山に柴刈りに行ったり、川に洗濯に行ったり。。。
いやいや、そうじゃないけど、仕事に励んでました。
      ~~~~~~~
治療はまた、ノルバデックスとリュープリンに戻った。
それから、骨転移があるから、
アレディアという、骨を強くする薬?
を4週間に一度点滴で入れるようになった。
抗がん剤ではないんだけど、
点滴の部屋でやるから、待つのは変わらない。
点滴の針を刺してもらうまでが時間がかかる。
点滴は一時間半かかった。
私は、針を刺した後は大体爆睡してた。
点滴を受ける椅子がリクライニングなの。
背もたれを倒して、足の方を上げると、ベッドにもなる。
私は大抵、背もたれを少し倒して、足の方は平らになるまで上げてしまう。
そうすると気持ち良くて、すぐに眠れる。
一度、CTの最中にも寝たことがあったから、
横になると寝る癖があるのかもしれない。
      ~~~~~~~
小型のテレビも置いてあるんだけど、
これが見たことのあるテレビ。
看護婦さんに聞いてみた。
「これ、大○(病院の建物があったところ)から持って来たでしょ?」
「そうみたいね」
予算がないから、使える物は何でもリサイクルという主義らしい。
銀行のATMの機械も、
新しいきれいな部屋に古びた見覚えのあるのが置いてあった。
徹底してリサイクル!なのね。
      ~~~~~~~~
そして、秋になった。
ホルモン療法の影響だと思うのだが、
だって、一年間で7キロも太るなんて、
それまでの人生でなかったもん。
とにかく太った。
特に、お腹まわりがすごい。
私は、痩せなくちゃと思うと同時に、
コレステロールとかが心配になった。
仕事柄、かなり不規則な食生活だし、店屋もんも多いし。
乳腺化療の主治医はとっても忙しい。
どうせ毎月採血するんだし、
血管が細いから毎回大変だ。
因みに、私は採血室でもベテランの仲の良い人を指名する。
一度で入った方がお互いにいいから。
ベテランのKさんは、
どう見ても一才位しか違わないと思うのだけれど、
私のことを「先輩」と呼ぶ。
まあ、ちゃんとやってくれればいいけどさ。
       ~~~~~~~~
また、話が逸れた。
主治医のI先生に、コレステロールとか中性脂肪とか調べて欲しい
とお願いしたのは、夏の初め。
でも、二回、つまり二ヶ月忘れられた。
三回目に、採血室で聞いたら、
やっぱり検査項目には入っていないとのこと、
それなら入れて下さい、
と頼んだら、ここでは勝手に出来ないから、
乳腺に行って、追加を頼んで欲しいとのこと。
私は即乳腺に飛んで、いや走って、ホントは早歩きでね、
行って、検査項目に入れてもらいました。
       ~~~~~~~
さて、数時間待って、やっとI先生の診察。
マーカーは大丈夫ですね。
「あの、コレステロールはどうでしょうか?」と私。
「いや、コレステロールは調べてないけど、
あれ、入ってる、誰かが入れたのかな」とIセンセ。
だからさ、何度頼んでも調べてくれないから、
私が頼んだのよ!
とは言えないから、黙ってた。
そしたら、やっぱり、
「コレステロール、高いですね」
「どの位ですか?」
「かなり高い、薬を出しましょう。」
「そんなに高いんですか?食生活の問題ですか?」
「300を越してるから、食事だけではすぐには下がりませんからね」
「薬を出しますから」
300を超えてる!
だから、言ったじゃないかーーーーー!
早く調べて欲しいって。
でも、今日無理に検査してもらってよかったわ~。
      ~~~~~~~
その日から、飲み薬が増えた。
この薬、最初は何ともなかった。
何日か経つと、めまいがするようになった。
歩いててもぐらっと来る。
普通に座っていても、頭がぐらっとする。
何か変だ。
それに、怖い。
これはあのコレステロールの薬を飲み始めてからだから、
絶対副作用だ!
と思った私は、飲むのを止めた。
止めたら、半月くらいでめまいはなくなった。
やっぱり、犯人はアイツだった。
      ~~~~~~~
I先生の次の診察の時に、
めまいがする、と言ったら、
頭のMRIの予約を入れてくれた。
ただ、11月の初め、まだ二ヶ月もあるじゃん。。。
私としては、絶対にコレステロールの薬のせいだと信じていたから、
それほど気にしていなかった。
10月の診察の時に、
「めまいは治ったんですけど、MRIは受けたほうがいいですか?」
と聞くと、
「念の為にやりましょう」という返事。
まあ、いいか、やりますよ。
      ~~~~~~~~
初めての頭のMRIは、ひたすらうるさかった。
内臓のMRIもうるさいけど、
その三倍くらいうるさい。
おまけに造影剤も入れるし、
その針が中々入らないし、
うるさいのは我慢するけどさ、
血管が細いのは本当に困る。
    ~~~~~~
11月の終わりに診察があった。
私は、頭のMRIのことなんて全く忘れていた。
いつものように、腫瘍マーカーだけが気になっていた。
PHSで呼ばれて診察室に入ると、
パソコンに頭蓋骨の写真があった。
それでも、全く忘れている脳天気なワタシ。
「ええとですね、この間のMRIのけっかですが、
髄膜に転移が見つかりました。」
えっ?ずいまく?何の話???
ちょっとパニクっている私の気持ちなどお構いなしに、
I先生は話を進める。
「放射線科に話しておきますから、診察を受けて下さい」
この先生は分業制らしい。
ボスなら、自分でやってくれるのになあ。
       ~~~~~~~
実は、髄膜(頭蓋骨の内側にある膜、脳みそを包んでいるのかしら)
の外側の、頭蓋骨の一部に骨転移があるのは、
前回、整形に放射線治療で入院した時に聞いて知っていた。
ヒマな若い先生が、
「ばななさん、せっかく入院してるんだから、
CTでもとってみない、そうしようよ」
って言われて、付き合った結果存在が分かったのだ。
ボスには、痛みも何もないようだから、
治療はしなくていいと言われた。
ただ、それが隣の髄膜に転移というか、引っ越すとは思わなかった。
早速、放射線科を訪ねた。
        ~~~~~~~~~
長くなったので、今日はここまでにします。
つづくーーー
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2008-08-23 19:56 | カテゴリ:乳癌
確か、14回の放射線治療と決まった。
普通は、放射線は通院で出来る。
ただ、私の場合は、通院なら
帰って来てから、絶対に仕事にいそしむことになる。
骨は痛いが、周りが見ても分からない。
私も、痛い、痛いと騒ぐのは嫌いだ。
その結果、多分私の股関節の回復が遅れるだろう。
痛い思いをするのはやはり私だ。
       ~~~~~~~
あれこれ考えた挙句、ボスに入院させて欲しいと頼んだ。
まだ、病院は引っ越したばかりだった。
そのドサクサに紛れて入院させてくれた。
但し、個室だったけど。
個室しか空いてなかったらしい。
あとから聞いたら、
引越しで通勤が無理ということで
辞めた看護婦さんもかなりいたらしい。
それで、病床との兼ね合いで
大部屋では使えないベッドがあったようだ。
       ~~~~~~~~
私は、優雅に?個室に入った。
最初のように、ふた月だったら絶対にお財布的に無理だけど、
今回は期間が短かったので、仕方ない。
新しい病院の個室は、きれいだった。
けれど、私には健康な人が設計したとしか思えない、
使い勝手の悪い部屋だった。
例えば、備え付けのゴミ箱があった。
ベッドの足元の方に。
整形外科の入院病棟だ。
足が悪かったり、あるいは手術後で
動きたくても動けない患者が入院している。
ゴミを足元の方のゴミ箱に投げ入れろというのだろうか?
さすがに、苦情が出たらしく、
ベッドの側に普通のゴミ入れが置いてあった。
それが一つしかなく、
私はゴミは分別しなくていいのか、ちょっと悩んだ。
毎日お掃除に来てくれる、掃除の人とも仲良しになった。
中国のワンさんという人だった。
今でもたまに、入院で親しくなった人が入院したと聞くと、
整形の病棟に遊びに?行く。
看護婦さんがかなり辞めたり、配置換えになってしまった今、
私の知り合いの患者さんの病室を
一番よく知っているのはワンさんだ。
       ~~~~~~~~
お風呂もついていたが、
足ふきマットがない。
体を洗った後、バスタオルで足を拭いてから
外に出る、というのはどうもやりにくい。
設計者の顔が見たかった。
そして、一時的にせよ、体の不自由な患者の身になって設計したのか、
聞いてみたかった。
      ~~~~~~~
私が、入院早々ぶつぶつ言っていたので、
三日目辺りに、ボスを始め、
他の先生方も病室にやってきて、私の言い分を聞いてくれた。
ただ、投書箱があるから、投書をした方がいいと言う。
自分達の言い分など、上の人は聞くはずがないからとのこと。
そういうもんなのかしら。
      ~~~~~~~
それなら投書をしようかしらと思ったのだが、
今回は期間が短かったし、
友達のお見舞いもあったが、
仕事のことで、電話で話したり、
会社の人に資料を持ってきてもらって
ヒマな時間に考えたり、
そんなこんなで結構忙しかった。
どこに行っても、仕事が追いかけてくる。。。
退院の二、三日前に要点だけ書いて
投書箱に入れてきた。
       ~~~~~~
放射線治療は、特に副作用もなく進んだ。
痛みはすぐにはひかなかた。
ひと月半位過ぎた頃、
ふと気がついたら、痛みが消えていた。
びっくりした。
左の股関節は、それ以来痛まない。
放射線というのはすごいものだと、改めて思う。
     ~~~~~~
無事治療を終えて、約三週間後、
退院したのでした。
     ~~~~~
つづく
2008-08-17 23:10 | カテゴリ:乳癌
今日は思いがけず涼しくなりました。
昼間からお呼ばれがあって、
その支度で美容院へ行こうと
いつもより早めに起きて外へ出てびっくり!
わーい、涼しいじゃん!
お出かけにはラッキー!
要らないだろうと思いつつ出してあった上着を羽織って、
出かけました。
上着を着て丁度良かったわん。
       ~~~~~~~~
さて、また5年前に戻ります。
放射線治療と大体同時期に始まった(だったと思う、記憶が薄れてます)
私はノルバデックスを一日一錠、そして月一でリュープリンの注射。
幸いなことに、私の場合は殆ど副作用がなかった。
何にも変わらないの。
後から、いろいろな副作用の出ている人たちの話を聞いて、
かなり驚いた私でした。
頭も体も、きっと鈍感なんだわ、ワタシ^^;
      ~~~~~~~
新しく主治医が増えた。
乳腺化療のIセンセ。
段々分かってきたが、絶対に笑わないわけではないけど、
滅多に笑わない。
多分、病気の知識とか情報は沢山持っているんだろうし、
日々研究の毎日なんだろうけど、
そういう意味では、いいお医者さんなんだろうけど、
ある日、たまたま待合室で会ったおばあさんの言葉、
「商売っ毛がないんだよねえ、もうちょっと愛想良くすりゃいいのに」
まさにその通り。
商売してるわけじゃないけど、
もう少し温かみのある言葉が聞けるといいなあと思う。
「あの先生は若い頃からそうだったけど」
と、そのおばあさん言ってたから、
変わらないだろうけどね。
       ~~~~~~~
その頃、採血はしてたけど、
それが何の為なのか、よくわからなかった。
まだ、乳癌のことを勉強するまで行かなかったと思う。
例えば、リンパ浮腫なる副作用のことを聞いたのも、
たまたま待合室で隣の席になった患者さんから。
ホルモン療法を始めて、二年目に入った頃だったかな。
リンパふしゅ?
と怪訝な顔をした私に、
えっ、あなた、知らないの?何ともないの?
って言われて、少し説明を受けて、
ふーん、そういう症状が出ることもあるんだと思った。
全然ピンと来なかった。
      ~~~~~~~
あの頃、薬の副作用も出ないし、
背骨の痛みは放射線治療の効果で
いつの間にか消えてしまったし、
肋間神経痛は無理をするとたまに、今でも出るけど、
まあ、その痛みは我慢出来る範囲だし、
5年頑張れば治るって簡単に考えてた。
何て単純だったんだろう。
     ~~~~~~
私の癌は、骨が好きらしい。
ホルモン療法を始めて三年目に、
早くも左骨盤への転移が見つかった。
その時もかなりラッキーな見つかり方。
      ~~~~~~
その前に病院が、お引越しをしたんです。
新しい場所に移ってすぐ、診察があった。
新しい病院は診察室や検査の部屋が大体二階に集まっていて、
二階へは普通エスカレーターで行く。
エスカレーターで上った所に、
採血室があって、その向かい側に整形外科の診察室がある。
        ~~~~~~~~~
その日、乳腺の診察を終えてエスカレーターで下へ行こうとした時、
3,4日前から左の股関節に軽い痛みがあるのを思い出した。
それほど痛いわけではない。
それまでにもたまに、股関節が痛かったことはあった。
多分、またいつもの痛みだよ。
それに、今日は整形の予約が入ってないし。
でも、ひょっとしたら、股関節に問題ありかもしれないし。。。
この時の私は、まだ癌とは考えてもいなかった。
ちょっとボスにも会いたいし、
って、別に好きな人に会いに行くわけじゃないけどさ、
ボスとおしゃべりするの、結構好きなんだもん。
要するに、おしゃべりし易いのよね。
       ~~~~~~~
エスカレーターに足を乗せようとしてみたり、止めたり、
何度か迷った挙句、整形の窓口のお姉さんに聞いてみることにした。
予約は入れてないのだけど、股関節が痛い、
診察をしてもらえないでしょうか?
診察室に電話を入れて聞いてくれた。
OKという返事。
何でもないだろうけど、
診てもらえば安心できるもんね。
良かった。
ほっと一安心。
中待ちでしばらく待ってから、PHSが鳴った。
言うの忘れてたけど、
引っ越してから、いろいろなことが変わった。
患者がPHSを持つことになったのもその一つ。
呼び出しはPHSで来る。
      ~~~~~~~~
診察室に入って、症状を話すとレントゲンを撮るように言われた。
レントゲン室のおじさん、失礼、技師さんも、
顔見知りの人だった。
また、来たの?仕方ないなあという笑顔。
私も苦笑いしながら、言われる通りにベッドに寝て、
仰向けに寝たり、横向きになったり。
以前は自分でフィルムを持って行ったが、
今度は電子カルテになり、フィルムはコンピューターに送られる。
また、中待ちで少し待って、診察室へ。
「何でもないよ、大丈夫。」
という言葉が聞けるものと信じていた私の耳に聞こえて来たのは、
「骨盤に小さいのがあるねえ」、というボスの言葉。
えっ、骨盤に、小さいのが、あるの???
うそーーーーーー!
      ~~~~~~~~
でも、本当だった。
早速、放射線治療を受けることになる。
     ~~~~~~
つづく。。。
2008-08-13 19:46 | カテゴリ:乳癌
今日も暑かったですね。
世間はお盆休みだけど、
私はおしごとです。
どこかで、3日位お休み取りたいな。
    ~~~~~~~
それはともかく、また、5年前に戻ります。
うちへ帰って来たものの、
背中が痛くてあまり動けない。
朝ベッドから起き上がるのも大変だし、
少し起きてると、疲れて来る。
そうすると、ベッドに仰向けに寝て休む。
家事なんて殆ど出来ない。
最初の頃は、ご飯炊くなんていうのも出来なくて、
多分コンビニやスーパーなんかで
お弁当とか、おかずとか買って食べていた記憶がある。
洗濯とかも、やっと何とかやってたし、
掃除は、ほこりでは死なない!と
殆どしなかった、いや、出来なかった、しばらくの間はね。
掃除機って結構重いんだよね。
背中にこたえる。
かと言って、箒で掃くのも辛い。
座敷箒は短いから、背中を少し丸めることになる。
背中を少し丸める、それが結構辛い。
退院後しばらくは、寝たり起きたりの暮らしだった、と思う。
仕事に復帰なんて、あの頃は考えられなかった。
       ~~~~~~~
ドレーンの方は、退院後、水抜きで2回行った。
二回目に、量が減ったからもう来なくていいですと、
ドレーンを抜かれた。
これで最後の管が取れた!
     ~~~~~~
ここから、またややこしい事件?に巻き込まれた。
放射線治療をするかしないかで、
乳腺の主治医とボスの間で大論争になったの。
普通は、温存の場合は放射線治療をするらしい。
私は温存だったけど、既に骨転移してたから、
放射治療は無駄、というのが乳腺の主治医の意見。
温存でまだ残ってるかもしれないがん細胞を叩くために、
放射線治療をした方がいいとのがボスの主張。
私は、全然分からないから、どうしたものか分からない。
二人の先生で、話し合ってもらうことにした。
でも、この二人、自分の主張を曲げなかったらしい。
結局、放射線科にお伺いを立てることになった。
放射線科からは、どちらでもいいという返事が来た。
結局、私が自分で決めることになった。
     ~~~~~~~~
えーーーーーーっ!
私が決めるんすか???
そんなこと、言われても、困るんですけど。
でも、そうするしかないらしい。
うーーーーん、どうしようか。。。
再発は嫌だし。。。
出来る治療は何でもやっておこう。
Kt先生に、やりますと返事をした。
そして、4月の上旬からだったと思うが、
33回の放射線治療が始まった。
週5回、約7週間たった1分くらいの治療の為に、
週五日毎日通ったのでした。
     ~~~~~~
つづく・・・
2008-08-09 18:57 | カテゴリ:乳癌
毎日暑くて、バテ気味です。
世間ではお盆休みでも、うちはぽつぽつ仕事があるし。
あれやこれやで、かなり疲れてます。
私も休みたい!
     ~~~~~~~
さて、グチは横に置いておいて、
5年前に飛びます。
シュワッチ(古っ!)
      ~~~~~~~
一度退院した私、また四日後には病院へ送還された、
送還ではないけど、戻ることになった、
いや、退院の時にそう決まっていたんだけどね。
四日間の自宅生活、私はどう過ごしたのか、あまり記憶がない。
なにせ一人暮らしだし、ご飯とかどうしたのかしら?
コンビニ弁当か何かで済ませたのかも。
でも、家から5分のコンビニに行くのも大変だった。
背骨の手術で、肋間神経痛になったのだ。
コンビニに行くと、途中から痛くなる。
痛いところを手で押さえて、やっとの思いで行って帰って来る。
うちへ着くと、まずベッドに直行。
仰向けにしばらく寝ていると、
肋骨の辺りの痛みはすうっと引いて行く。
不思議なものだ。
人間の体は全部繋がっているのだと、実感した。
        ~~~~~~~~
ベッドから起き上がるのも、ひと苦労だった。
病院みたいに、手動でも、ベッドは動いてくれない。
普通におきようとすると背中が痛むから、
自分で考えて、足の方から転がり落ちるように、
斜め横に下りた、いや、落ちた、のかな。
それしか、方法が思いつかなかった。
これは、乳癌の手術後、
退院してからもしばらく続いた。
そして、いつの間にか普通に起き上がれるようになっていた。
人間の回復力ってすごいわ。
        ~~~~~~~~
入院する前に、かなり横道にそれてしまったが、
とにもかくにも、また入院した。
今度は短いというので、荷物も最小限にまとめた。
足りなくなったらどうにかなるさ。
入院後、また検査をいくつか。
そして、1月29日に、主治医が突然病室にやってきた。
「ばななさん、実は明日の手術の患者さんがキャンセルになったんだけど、
明後日の手術を明日にしてもらえないかな?」
その患者さん、直前に逃げたかな?
他の患者さんはいいとして、
私は、その時は、手術の覚悟はついていたし、
温存でやるというのも決まっていた。
別に一日早くなっても、そんなに変わりはない
「別に構いませんよ~」
と軽い気持ちで答えてしまった。
       ~~~~~~~~
ただ、ワタシ的には問題がなかったのだが、
弟には怒られた。
サラリーマンをやってる弟は、
休みを突然ずらすわけには行かない!と。
じゃあ、来なくていいよ、ということになった。
ただ、手術の同意書は、弟が書くことになっていた。
今回は私がごねて、全摘を温存にしてもらったから、
そのこともTk先生は書面に残したかったのだろう。
Tk先生と相談して、弟ともメールや電話でやり取りをして、
結局、ファックスで同意書にサインということになった。
それも、29日の夜遅い時間に。
何でこんなにすったもんだしなくてはならないのか。
でも、父はあまりよく理解していないから、
仕方が無い。
        ~~~~~~~~
手術の当日、父の他に、一人じゃかわいそうだと、
叔父の一人が来てくれた。
余談だが、その叔父は次の年だったか、
蜘蛛膜下で倒れてしまい、今も入院生活を送っている。
人生は本当に分からないものだ。
        ~~~~~~~~~
背骨と違い、乳癌の方は術後も楽だった。
管はどんどん外されて、次の日の午後からは
歩いてもいいと言われた。
最後までつけていたのは、
水抜きのドレーンだけだった。
        ~~~~~~~~~
どこの病院も同じなのかわからないが、
乳腺外科は、それまでいた整形外科とはやり方が違っていた。
整形は、先生方がチームで動いている感じだったが、
乳腺は、個別に動いている。
朝、朝食の前だか後に、助手の先生が来て、
ドレーンの水を抜いて行く。
その後、主治医が診察に来て、傷跡などを診ていく。
整形の先生は全員顔見知りになったが、
乳腺の先生は、退院まで自分の主治医しか知らなかった。
科に因ってこんなにも違いがあることに、驚いた。
        ~~~~~~~~
4日目に、術後の腕や肩周りのリハビリの講習があった。
手術した左腕は全然上がらない。
無理に上げようとすると痛い。
まあ、ぼちぼちやろうと、軽く考えていた。
        ~~~~~~~~
6日目、明日退院していいですよ、と言われた。
もう居てもやることがないから。
えっ、でも、ドレーンからはまだ水が出てますけど。。。
明日の朝に、これが突然でなくなる、
なんてことあるのかしら?
でも、退院といわれてしまったので、仕方が無い。
出て行くしかないわ。
家に電話をしたら、
あまりに早い退院に驚いていた。
2月の一週目、退院した。
ドレーンから水は出ていた。
これはどうするんですか、と主治医に聞いたら、
二日後にまた来て下さい。
えっ、明後日また来るの?
それならもう少し置いてくれてもいいじゃん。
イジワル!
       ~~~~~~~~
途中の四日間のお休み?はあったが、
約二ヶ月間の入院生活が終わった。
やれやれ。
       ~~~~~~~
でも、この後治療のやり方で、また揉めたのでした。
それは、また、次回に。
2008-08-05 18:27 | カテゴリ:未分類
何だかんだで忙しく、
少し間が空いてしまいました。
       ~~~~~~~
さて、前回は主治医が変わったところで終わりましたよね。
       ~~~~~~~
新しい主治医はTk先生。
診察室に入って、今までの経過を見る。
そして、言われたのが、
全摘です、という言葉。
えっ、ゼンテキ?!!!
そんな。。。嫌だ、そんなの。
前回書いたが、私には子供の頃の怖い記憶があった。
胸がなくなるのも嫌だった。
     ~~~~~
どうしても全摘ですか?
あなたの場合は、既に転移しているから、
その方がいいと思います。
温存にしても、二、三ヶ月で再発すると思いますよ。
        ~~~~~~~~
10月の背中の痛みから始まったこの騒動。
背骨に癌が見つかった時も、
何とか冷静に受け止めた。
けれど、この「全摘」と言葉は一番ショックだった。
私がどうにか温存でやってもらえないかとごねたので、
最後には、Tk先生も考えてみましょうと言ってくれた。
でも、絶対に全摘の方がいいと思っているんだろうなあ。。。
考えてみたけど、やはり無理ですといわれたらどうしよう。。。
胸がなくなるのはショックだよ~ToT
夜の検温の時にしょぼくれていた私に気づいたのか、
看護婦さんが、心配して聞いてくれた。
話を聞いてもらって少し落ち着いたが、
その晩は、さすがになかなか寝付けなかった。
      ~~~~~~~
整形外科の方は、放射線の治療も終わり、
そろそろ退院のことを考える時期になった。
個室にいたせいか、催促はされなかったが、
いつまでも病院にいるわけにも行かない。
背中はまだ痛いが、放射線の効果が出れば、
痛みは徐々にひくはずとのこと。
ボスと相談して、1月の20日過ぎに退院を決めた。
      ~~~~~~
次は乳癌の治療に本腰を入れよう。
Tk先生の次の診察があった。
ごねたのが功を奏したのか、
おバカな患者に何を言っても無駄と思ったのか、
手術は温存になった。
それから、退院の日が決まったことを伝えた。
乳癌の手術は2月の初めの予定に決まった。
     ~~~~~~
そして、とうとう明日退院という日、
Tk先生が部屋にやって来て、
「ばななさん、明日乳腺外科に入院出来ますよ」とのこと。
えっ、だって、前の先生は、三週間先までベッドは一杯って言ってたのに、
何で、そんな、突然。。。訳が分からないよ!
      ~~~~~~~~
それに、明日退院して、明後日また入院するの???
そんなの面倒すぎるじゃん。
それなら、もう一日整形にいて、
明後日乳腺に移りたい。
二ヶ月近い入院で、荷物もいろいろ増えていた。
私は本が好きなので、病院のコンビニで買った文庫本や、
退屈しのぎにと頂いた本が結構あった。
少しずつ父に持って帰って貰っていたが、
それでも、かなりの量になっていた。
結局、病院の入院病棟のベッドの担当の事務の人
(長い言い方でごめんなさい)
が、あれこれやってくれて、
私は四日後に今度は乳腺外科に入院が決まった。
手術は、1月31日に決まった。
今度の入院は短いらしい。
もう、俎板の鯉だ。
     ~~~~~~~~
平成15年1月23日、とりあえず整形外科を退院した。
久々のシャバの空気、
お正月と違って堂々と帰宅出来た。
町はとうに松飾りも取れ、
普段の忙しさに戻っていた。
今夜は、約ふた月ぶりにうちで寝られる。
それだけでも、ちょっと嬉しかった。
四日後にはまだ戻って来るが、
今はその事は忘れて、自宅での自由な生活を楽しもうっと。
      ~~~~~~~~
つづく


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