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2011-07-24 15:46 | カテゴリ:日々のこと
80を超えている父は、何年か前から認知庄にかかっている。
一応薬は飲んでいるが、症状は少しずつ進んでいる。
でも、自営業でうちの商売が大好きだから、今でも手伝いはしている。
それで、多少は進行が遅いのかもしれないが、
それでもここ何年か年の初めになると、1年前はもう少ししっかりしてたのに
と思う。

さて、私も病気を抱えているし、二人とも一人暮らし。
父はこの世代の男の人としては普通だが、
家事能力は全く無し。
ヘルパーさんに来てもらい、食事や洗濯掃除なんかをしてもらってる。

私は先日退院してから、足が痛くて職場に通うのが大変なので、
実家に居候している。
先々週だったか、退院して二、三日経ってからのこと。
眠い病の私は、お風呂は夜ではなく朝入るようになった。
夜は眠くてただひたすら寝たいので。
退院後初めてマンションのお風呂に入ろうとすると、
勿体ながり屋の父はお風呂の水を捨てようとしない。
その時も湯舟は水で一杯、しかもちょっと濁っているような。
仕方ないからまず、お水を捨てることにして栓を取ったら、
排水溝が詰まっていたのだろう、お風呂場が洪水になっちゃった。
慌てて一度栓をかって、洪水がひけてから潜在をかけて排水溝を
水が流れるようにした。
すこししてから流すと、今度は流れた。
だけど、お風呂場をよくみるとカビだらけ。
めじが茶色どころか真っ黒い線になっている。
掃除をする時間もないから湯舟で全部洗ってとりあえず、
シャワーは終わり。
それにしても、一体何カ月掃除をしてないんだろう?
というひどい汚れ方。
仮にお風呂掃除は項目に入っていないとしても、
これを見たら洗うのが当然じゃないかなあと思うのだけど。

つぎに気づいたのは電子レンジ。
何だかを温めて食べようとしたら、お皿が回らない。
壊れてはいないの。回らないだけ。
今どき回らない電子レンジなんてあったっけ?
その時は急いでいたから、回らなくてもあったまったし、
食べて食事をすませた。
それにしても、ちらっと見ただけだけど、
中も飛べ散った汁なんかで汚れてる。
何で掃除しないんだろ?

お風呂も電子レンジも、今までなら目をつぶったかもしれないけど、
今回はさすがにひどい。
ケアマネさんに電話をするといないというから、
簡単にことづけを頼んだ。

二、三日経って、電話を頼んだ人から返事がきた。
電子レンジの件は、犯人探しみたいのをしたようで、
私たちが最後に使ったのは七月の始めだから
汚したのはお父様だと思います。
これには頭にきた。
元々そういう家事はやらない人だし、特に最近は出来ないから
ヘルパーさんを頼んでいる。
父の現在の能力のことは最初から知ってるはず。
それなのに父親のせいにするとは。
ありえないよ!

そして夕べケアマネから電話があった。
私はもう終わったことよりも今後どうするのか、
その対処を聞きたかったのだが、
出てくるのは反省とお詫びの言葉ばかり。
それなら、ベテランの人に変えてください。
あの、ベテランはいないんです。
30分位話したけど、話は同じで埒があかない。
私もまだ仕事の途中で夕食を食べそこなうので、
今後のことを相談してから電話をくれるよう行って切った。

自宅でお風呂に入れば、毎日じゃなくても掃除をするのは当然。
電子レンジが汚れていれば、プロなんだから
気をきかせて掃除をするのも当然。
子供じゃないんだから、それなりの勉強をして資格を取ったんだろうから、
そのくらいのことは、誰だって出来るし普通はやるでしょ。
何でしようとしないの?
何で気づこうとしないの?
お金もらってやってる仕事なんだよ、分かってる?

若い子を安い給料で雇って儲けようっていう、
経営者の思惑もちらちら見えてしまう。
違うのかもしれないけど。
それに、その前からやたら新しく出来るという
グループホームに申し込むよう勧められていた。
父の資産というほどのものではないけど、
個人的な経済状態まで聞かれたり。
勿論具体的には言わないけどさ。

ここをやめるのは簡単なのだが、
父がデイサービスに行くのを楽しみにしている。
なので、すぐにやめるのも難しい。
ただ、ここのグループホームに入れる気は全くなくなった。

それにしても、ヘルパーの勉強って一体何をしてるんだか。
それ以前に、本人の常識の問題か。
こんな下らないことで怒ることになるなんて、
日本人のレベルも落ちたもんだねえ。
ふうっ
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2011-05-13 12:16 | カテゴリ:日々のこと
昨日は久しぶりに習い事のお稽古場に行った。
足が痛いから、まだ稽古は出来ないと思ったけど、
とりあえず、ここまで元気になりましたと
お礼方々、見せたかったので。

お稽古そっちのけで、しばらくおしゃべり。
これは私がいてもいなくても同じ光景。
地震の時のことやら、少し前に遡ってあれこれおしゃべり。
このお稽古場はマンションの一室にあるんだけど、
かなり揺れたらしい。
食器棚の食器がほとんど割れてしまい、
テレビが部屋の真ん中まで移動してたと。
最初見た時は愕然としたと、お師匠さんが言ってた。
あれは確かにそうだわ。
私も、最初しばらく言葉が出なかったもん。
あり得ない光景だった。

話しているうちに、誰かがぽろっと口を滑らせた。
○○さんの49日が。。。
「えっ、○○さんの。。。何それ、どういうこと?」
○○さんは弟子の一人で、去年の後半からずっと
がんの治療をしている。

「49日って、まさか。。。」頭が真っ白になった。
「そうなのよ。実は、あなたが退院した頃に御主人から電話があったの」
お師匠さんもあまり詳しい話は聞いてなかったらしい。
肺から腸だったか、その逆だったか、とにかく転移して、
腸は手術したけど、癒着したり大変だったらしい。
肺はどうしたのかな。。。
病気が分かってから、とうとうここには一度も来なかった。

私より少し年上だった。
しゃべらなければ山の手の奥様って感じ。
でも、本当はすごく楽しくて面白い人だった。
ゴリラの物まねとか平気でやっちゃう。
私が笑いが止まらなくなってしまうと、
それが嬉しいのか、おまけにニホンザルのこういうポーズ
まで見せてくれたり。
とってもよく似てるの。
新派の芝居が好きだったみたいで、
水○八重子(初代)の真似もすごくうまかった。
それから歌舞伎の役者さんのものまね。

90を過ぎたお姑さんの話とか、
御主人の話とか、ユーモアたっぷりに話してくれる。
それから、息子さんの友達の話とか。
お稽古場はある意味、井戸端会議の場みたいだから。

いつも笑わせてばかりもらってた。
うちへ帰って夕飯を食べながら、いろんなことを思い出してた。
一度一緒に旅行に行った時も楽しかった。
何でこんなに早くいってしまったのか。
食べながら涙がこぼれてくる。
ティッシュで拭いながら、
あれこれ思いだして笑いながら、また泣いてしまう。
もう二度と会えないと思うととても悲しい。

それに、御両親はまだお元気だし、
御主人のお母さんも90歳を過ぎて、まだしっかりしている。
しばらくは家のことが大変だろうなあ。
食事の支度、おばあさんの世話、掃除、その他もろもろのこと。
何とかやっていくしかないんだろうけど。

一つ嬉しいのは、お嫁に行った娘さんに
来月赤ちゃんが生まれるそうだ。
「きっと、○○さんの生まれ変わりだね」
誰かがぽつりと言った。

せめて、今は辛さも苦しさもなくなっていると思いたい。
向こうでは物まねをやって皆を楽しませているのかな。
でも、でも、やっぱり早いよ。早すぎるよ。
私は、まだまだこっちで頑張るから。
だから、御家族や私たちのことを見守って下さいね。
いつか私もそっちへ行った時は、
また思いっきり笑わせて下さいね。
それまで、レパートリー増やしておいてね。

じゃあ、またね。
2011-02-12 19:51 | カテゴリ:日々のこと
昨日、2月11日は、知り合いの命日だった。
もう10年以上になる。
亡くなったのは、私の病気がわかる前だった。
姉御肌で、それでとっても気がつく。
深いところでとっても優しい人。
母が亡くなった後、私は半分母のように接していた。
仕事での付き合いだったけど、
用事が済んだ後、長電話していろいろ話した。
若い頃のことを聞いたり、いろいろ教わった。

昨日は仕事が忙しくて、でも命日ということは覚えていた。
足がこんな調子ではなかなかお墓参りにも行けない。
そう言えば、今年のお正月はうちのお墓にも行かなかった。
みんな私の状態わかって許してくれるだろうと思って。

それほど歳月が経ったのに、Kさんのことは忘れられない。
その位私は慕っていたんだと思う。
健在なら70歳を過ぎた辺りかな。
早かったの。
倒れて、病院に着いた時にはもう心臓が止まってたって。
普段からかなり無理してたし、でも、休まない人だった。
ある意味、とってもKさんらしい最期だった。
良かったのは、一人暮らしだったけど、
たまたま休日で息子さんが家に帰っていたこと。
たった一人で逝ったのならどれほど切なかっただろう。
だけど、だけど、やっぱりまだ元気でいて欲しかった。
母に対する気持ちとは違うけど、そう思う。

Kさん、今頃どうしてますか?
Tさん、Hさん、他の皆もそちらへ引っ越したから、
面倒見るのでまた大変かな?
でも、Kさんだからうまくやってるでしょうね。
いつか私もそっちへ行ったら、またおしゃべりしましょうね。
今度は、お茶を飲みながらのんびりと。

今回はコメント欄、閉じます。
2011-01-30 21:15 | カテゴリ:日々のこと
往きに「こだま」で行ったのだが、
熱海のひとつ前が小田原駅だった。
こだまなんて久しぶりに乗ったし、
小田原で止まることは全く知らなかった。
小田原には、去年から叔母が住んでいる。
父の妹だ。
息子、私には従兄になるがと同居していて、
従兄の仕事の関係で、一時は長野にいた。
叔母夫婦とはしばらく会っていない。
でも、小田原なら帰りに寄れるじゃない!
ホテルに着いてから父に話したら、
「ぜひ会いたい」と言う。
早速電話をかけて、次の日にお邪魔することにした。

翌日、皆は9時半にはホテルを出てしまった。
父は皆がいなくなったので、ヒマを持て余したのだろう。
もう出かけようという。
けれど、叔母の家とはいえ、あまり朝早く訪ねるのもどうかと思う。
と言ったのだが、父は聞く耳を持たない。
仕方ない、フロントで駅までのタクシーを頼むと、
バスで送るという。
これは有難いと二人で送ってもらった。

熱海駅に着くと、10時に出る新幹線があった。
こだまだ。
ただ、一駅ではすぐに着いてしまう。
でも、父を次のまで待たせるのは無理だし、
切符を買って乗った。
熱海を出る時に電話をするよう言われていたので、
ホームで電話をしてから乗った。
叔父は、まだ朝食中だったようだ。
だから、早いって言ったのにさ。

小田原駅に車で迎えに来てもらい、
食事は急いで済ませたのか、叔父はもう駅のロータリーにいた。
二人で車に乗り、家に向かう。
昔の農家を少し改造した家だそうで、
部屋数も多いらしい。
20分位走って着いた。
久しぶりに会った叔母は元気そうだが、
少し痩せたようだ。
叔父は相変わらずマメに家の修理やらしているらしい。
庭に花や野菜も植えて世話をしているとか。
そういう生活、やっぱり憧れだわ。
お茶を御馳走になって少し話して、
その後は長居をするつもりはなかった。
他の親戚、うちの弟一家のことを少し話し、
叔母の家を後にした。

叔父だけが送ってくれるのだと思っていたら、
叔母も車に乗ってきた。
近所を少し案内してくれ、
小田原城も少し見えた。
それからお昼を食べようということになった。
ファミレスに入り、私はまだそれほど空腹ではなかったので、
サンドイッチと紅茶でも思ったが、
お昼は軽食はスパゲティだけだった。
それを頼んでもらい、父も私と同じもの。
叔母たちはハンバーグ定食を頼んでいた。
父は朝しっかり食べたからだろうが、
私は小食過ぎるのかな。
食べないと、風邪をひいても治りが悪いし、
もう少し多く食べるよう頑張ってみようかな。
食べながら、食べ終わっても話が尽きない。
同居しているお嫁さんが、信じられない行動をするらしい。
たとえば、叔母が畳んだ洗濯物を、
叔母の目の前で自分流に畳み直す、
叔母が食事の後に洗った食器を
もう一度水を張った桶に浸けておく、
例をだしたらきりがないらしい。
これには私も驚いた。
このお嫁さんだけなのか、最近のお嫁さんは強くなったのか、
それにしても、あまりにも気遣いのない行動だ。
決して若くはないのだが、そんなものなのかなあ。
私とそれほど年齢も変わらないのだが。

そこでかなりゆっくりして、店を出た。
実は私は、3時半に病院のCTの予約が入っていた、
間に会うかどうか、多少気になり始めていた。
叔父には「のんびり東海道線で帰れば」と言われたが、
こだまでないと間に合わない。
小田原駅まで送ってもらい、次のこだまの切符を買い、
ホームに急ぐ。
こういう時に限って、電車はなかなか来ない。
15分位待って、やっと来た。
自由席を探して坐る。
かなり混んでいたが、何とか二人分席を確保出来た。
時計を見ると、3時半には絶対に間に合わない。
デッキに出て、病院に電話を入れ、
用事で遅くなることを伝える。
「大丈夫ですからゆっくり気をつけて来て下さい」
と親切に言ってもらえて嬉しかった。

東京駅まで行き、タクシー乗り場に急ぐ。
まず、父を先に乗せて一人で自宅に帰ってもらう。
私はこれから病院に行くからと説明しておいた。
次のタクシーでちょっと急ぎで病院まで。
やはりうちから行くよりは近い。
それでも30分の遅刻だ。
CTは患者さんが少なかったのか、
ほとんど待たずに呼ばれた。
CTそのものは5分で終わってしまう。
それから会計を済ませ、今度は会社に急ぐ。
二日も休むわけには行かない。
まだ仕事が待っている。

何とか時間に間に合った。
良かった。
一人は帰ったが、私は自分の分を終わらせないと帰れない。
終わったのは9時過ぎ、さすがに疲れてとぼとぼと家路につく。
家に着いた時は疲れて、お風呂にも入らずこたつで一休み。
そのうちに眠ってしまったようで、
目が覚めたら夜中の1時だった。
これは大変と、こたつや暖房、蛍光灯、テレビを全部消して、
寝ぼけまなこで布団にもぐりこむ。
その晩もよく眠った。
朝早くから起きて活動していたもんね。
お疲れ様でしたね、ばななさん(爆)

こうして、熱海旅行は終わったのでした。
2011-01-29 21:37 | カテゴリ:日々のこと
さて、宴会のお料理は、
037.jpg
まず、正面にあったお刺身
トロ、名前の分からない魚、あと鯛だったか金目だったか。。。
とろと白身はおいしかった(^.^)

038.jpg
お次は、カニさん。
実は、この後せっせとカニを食べていたら、
偉い方たちから、カニが好きなら食べなよと、
二皿頂いてしまった。
全部で3バイのカニ、好きだけど食べきれない。
考えて、父親と従業員が隣同士の席だったから、
そっちへ差し入れした。
二人で食べたらしい。

039.jpg
これは、私の鮑、大人しくしている。

041.jpg
これは、隣の事務の人の鮑、とっても生きがいい、
たまに動く!

044.jpg
ほら、こんなに動く!
ぶれたのではなく、動きが速すぎ!
こんなに元気な鮑クンを食べるわけ?
かわいそう。

045.jpg
事務の人が「鮑、大好き~」って喜んでいたら、
隣のお偉いさんたちが、「俺のをあげるよ」って。
偉い人たちは、鮑なんて食べ慣れてて感激しないのかもね。
で、鮑が三つも集合、かなり壮観だった。
本人は全部召し上がってましたわ。

040.jpg
これは、魚介類の和え物みたい。
食べなかった、というか、ビールつぎに行ったりして忙しくなって、
食べられなかった。


048.jpg
すき焼きです。
楽しみにしてたんだけど、お銚子を持って来てくれた
お偉いさんが目の前に座ってしまったら、
さすがに手をつけられなくなった。
肉を一切れだけ食べられたけど、柔らかくておいしかった~(^o^)
もっと食べられなったのが、とっても残念。


049.jpg
天ぷらです。
これも食べられなかったのよね。

元々、お偉いさんの並んでる席でしょ。
入れ替わり立ち替わり、皆がビールをつぎにきてくれる。
私はおまけみたいなもんだけど、
それでもつがれると逃げるわけにもいかない。
肝臓がどうしたとか、そんなこと言えない状況。
ついでもらって、一口か二口飲んで置いておくと、
次の人が来てくれる。
二口くらい飲んで減らして、ちょっとついで頂く。
「ビールはだめ?熱燗がいい?」
「いえ、あまり強い方ではないので」
と言い訳する。
と何とかあまり飲まないようにしてたんだけど、

そのうち、組合長の親分までお銚子を持ってやってきた。
「ヤバい!この人は逃げらないわ」
仕方ない、おちょこを持たされ、三口くらいで飲む。
「これはなかなかうまい酒だろ?」
「はい」と私。
「じゃあ、もう一杯どうぞ」
「えー」と思いつつ、おちょこを出す。
「○○の娘です。いつも父がお世話になります」と殊勝に頭を下げる私。
「そう言えば、面ざしが似ているねえ」
「えー、そうですか。」
「でも、会長、いつお目にかかってもお元気ですねえ」
と、少しでもお酒から話題を遠ざけようとする。
実際、この会長さんはもう85才、今年は86歳になるのだが、
全然そんな年には見えない。
頭もしっかりしてるし、
陰では、「化け物じゃないか!」と言われてる(爆)
たまたま通りかかった人が会長に捕まり、
私は何とかお酒攻撃から逃げおおせた。

さて、またゆっくり食べようと思っていたら、
目の前にまた人が現れた。
「△△と申します」」
その名前には私も聞き覚えがあった。
その人のお父さんに、うちの父親が世話になってるとよく言っていた。
「父の関係で今の職場に移ったのですが、」
「はい」
「最初はどうしていいかわからなくてねえ」
「そうでしょうねえ」
「この新年会も、最初はスーツで出たんですよ
そしたら、堅苦しいから浴衣に着替えてこいと言われましてね」
うん、業種的にわかる気がする。
職人の集まりだからね。
「それでも、みなさんに揉まれているうちに段々慣れました。」
トシの話になって、そしたらあまり差がないことが判明。
子供の頃や若い頃の思い出話で盛り上がってしまった。
「お友達になりましょうよ」
「だって、奥様がいらっしゃるでしょ」
「いや、友達ですから、問題はありませんよ」

確かに人当たりもいいし、優しそう。
でも、独り者ならともかく、
奥さんがいると勘違いされて面倒なことになるのも嫌だし。
携帯電話を教えてくれたけど、
かけるつもりは無し。
多分、来年まで会う機会はないでしょう。

宴会の後は、最上階で二次会があるからと事務の人と二人で誘われた。
でも、組合の若手で二次会をやろうという話もあるし、
最上階の二次会はお偉方の集まりみたい。
でも、どうしてもと言われ、二人で行って、
15分位いて退散してきた。
単なるカラオケ大会みたいだった。
芸者さんもコンパニオンさんたちも引き続きやってきた。

それで、二人は二次会をやる部屋に行ったら、
鍵がかかっている。
他の部屋を覗いたら、そっちに何人かいた。
そのうち、よくわからないけどすったもんだが始まって、
こういうのは毎年のことらしい。
全然盛り上がらないし、いても仕方ない。
トイレに行くと言って、私は自分の部屋に戻った。
お酒が入ると眠くなるの。
部屋には他の組合の事務の人がいて、
10時になったらラーメンを食べに行くのに付き合うことになってるという。
10時頃に出かけていった。
一人になった私は、ずっと見そこなっていた
織田○二の外交官のドラマを見始めた。
最初座って見ていたんだkど、
疲れて腰のあたりまで布団に入って見始めた。
そして、途中まで見て寝てしまったらしい。

目が覚めたら朝だった。
ぐっすり眠ったみたい。
6時半頃で、少し悩んで事務の人と二人でお風呂に入りに行った。
温泉に来たんだから、せめて二度は入りたい。
今度はお風呂場が変わっていて、
内の中の湯舟だった。
身体をささっと洗って、後はのんびりお湯につかった。
こんな日が毎週あったらいいなあ。
でなければ、1週間温泉滞在とか。。。
ご馳走は二、三日で飽きるだろうkど、
温泉に入るのはあったまるし、身体がほっとする感じ。
うちのお風呂でもそうだけど、
日本人に生まれて良かったとしみじみ思う。

お風呂から帰ったら、そろそろ朝ごはんだという。
昨日の宴会場に言ったら、食べ終わって出て行く人が多い。
慌てて食べ始めたのだが、私は実は普段は朝食抜き。
胃袋がまだ起きていない。

因みに朝ごはんはこんな感じ
055.jpg
ご飯、わかめの味噌汁、鯵の干物、湯豆腐、塩辛、温泉卵、茶そば、サラダ、まぐろのわさび和え?お新香、そんな感じ

実は、私が食べたのは三分の一くらいかな。
仕事柄、寝るのが遅いし、朝は苦手だな。。。
9時―5時の会社員生活にあこがれるわ。

チェックアウトは10時なんだけど、
せっかちな皆は9時にロビー集合で、
コーヒ―飲んで帰って行った。

私と父は、寄り道するところがあったので、
みんなと別れて別行動。
10時にホテルを出て駅まで行けばいいんじゃないと言ったんだけど、
せっかちな父はそれまで待てないらしい。
仕方ない、私たちもホテルを出た。

寄り道のおまけ編は、また次回。
ホントにむだが多いばかりの長い記事ですみませんです。
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